隠れ潜む骨達
木を隠すなら森の中、では骨を隠すなら?
大聖堂から墓所へ向かう回廊、
「あんなことをしたのですから狙われるのも当たり前と言えますが……本当に困ったものですね」
頭蓋骨を抱えながら溜息をつくエタリキ様。呼吸の必要は無い身体なのにこの手の仕草は生前のままのようだ。
エタリキ様のいう”あんなこと”とは――半月ほど前にジフ様が勢いで魔王軍の大幹部を撲殺してしまったことだ。
何度思い返しても誰にも防ぎようが無い不幸な事故だった。
「事故…………あれを事故と言い張りますか我が金蔓」
死に損ない大司教の再びの溜息は聞こえない。どう考えても事故。
その大幹部――邪竜王が一方的に難癖をつけてきたのでジフ様が顎に一発かましたのだ。しかし間の悪いことにその一撃が丁度、発射直前の竜の吐息に炸裂して……いろいろ弾けた。ジフ様の再就職も含めて弾けた。
仮にも魔王軍大幹部を名乗るのに一撃粉砕とは何たる軟弱! いや、それだけジフ様が偉大で最強なのだが……
意図せずだが邪竜王を撲殺した私達は迅速にサーカスを引き払い、街を脱兎の如く逃げ出し、追っ手を全滅させ……事態が弁解不可能なほど拙い状況なことに頭を抱えた。まあ、頭蓋骨だけになっていた私は皆様に抱えてもらったのだが。
また、同じ日とてつもなく巨大な継ぎ接ぎ死に損ないが街にいた魔王軍へ多大な被害を与え魔王が行方不明なったこともジフ様に不利に働いたかもしれない。イッタイダレダロウナー……
「…………」
エタリキ様が沈痛な表情で三度目の溜息。聞こえない聞こえない。
転がり落ちるように悪化していく魔王軍との関係には胃がキリキリしたものである。なにせジフ様を捕らえようとする魔王軍とそれを阻止しようとする諍いは世界規模まで拡大し……
「お帰りなさ~い、大鉈ちゃん。エタリキちゃんもお疲れ様」
上から声が降ってきた。
おや? ジフ様を取り巻く不条理について愚痴っている間に回廊の終わりに着いたようだ。
回廊の端から見上げると目的地の天辺に桃色の道化服を着た骸骨――アーネスト様の姿。
わざわざ出迎えをしてくださるとはなんだか嬉しい。
「そろそろ帰ってくるころだろうと思ってね~ん。大鉈ちゃんの症状も見たかったし待っていたのよん」
くねくねと骨を揺らしながら石段を踊り降りてくるアーネスト様。一段一段が人の身の丈もあるのに全く危なげないのは道化服に相応しいといえるだろう。
石段――正しくは墓である。積み上げられた巨石、何本もの石柱により支えられた天蓋、大聖堂を上回る圧倒的存在感を放つこの巨大建造物こそがジフ様の仮の住まいである。
元々はカネタメリー教会が管理するダブロス王家の墓所なのだがエタリキ様がジフ様のために購入した。
……正直、生きた人間達のいるダブロスの更に教会の敷地に隠れ家を確保できるとは思わなかった。
逃亡中、『オススメの物件がある』とダブロスへ案内されたときはジフ様を除く全員がエタリキ様の頭を疑ったものだ。だがエタリキ様は、戦時警戒体制の門番や衛兵、それどころか神官さえも、
『何者だ? ここは教会関係者以外――』
『まあまあ、お勤めご苦労様です。あなた方に神の祝福があらんことを』(金貨入り袋とともに)
『……………どうぞ御通りください』
『ちょっと待て! そこのあからさまに怪しい馬車――』
『まあまあ、見回りお疲れさまです。あなた方に神の祝福があらんことを』(金塊を添えて)
『…………おっと昼飯の時間だ』
『げえええええええええええええええええええええッ!! エタリキーーーーーー!!! 何の――』
『言葉を慎みなさい! カネタメリー大司教、神の前にいるのですよ』(財宝の海に沈めながら)
『アリガタヤーーーーーー!!』
金貨の詰まった袋を袖や胸元に滑り込ませ、時にはうっかり金塊を落とし、宝石をこれでもかと握らせたりと穏便迅速に突破、最後に交渉した老神官も大司教の座を馬車十台の財宝でエタリキ様へ売却、あっさりとジフ様の隠れ家を手に入れたのだ。
『金の力で解決できない問題はほぼ無いのですよ』と微笑むエタリキ様の顔と輝く眼鏡は一生忘れない。私、既に死に損ないですけどね。
どうして人類の勢力圏で最も神聖な教会が魔王軍から隠れるのに都合がいいのかは、未だ理解できないがここに逃げ込んでから魔王軍の襲撃は無いので深い理由があるのだろう。
なんだかんだと思い出しているとアーネスト様が傍らに着地される。
「どうぞアーネスト様」
「はい、監視ありがとうね。エタリキちゃん」
法衣の亡者が道化の骸骨へと頭蓋骨が手渡された。私を受け取ったアーネスト様は、まじまじと私を見詰め、
「う~ん、やっぱり全然回復してないわね~ん。人間の邪な気に当てれば少しは回復すると思ったんだけど」
思い通りならないことがあるのか不満を漏らす。ここに住み着いてからアーネスト様は私の状態にご不満があるようすで頚骨から下の身体を持つことを禁止されているのだ。
「崩壊は止まっているのでしょう? あせらずもう少し様子を見られてはいかがでしょうか。そもそも骸骨兵のような低級な死に損ないが回復するかどうかも例がないわけですし」
「確かに大鉈ちゃんは元々は使い捨ての骸骨兵だけど~アンスターでいろいろ弄繰り回されてほぼ別者になってるようなのよ~ん。ジフ様の創造法からして独学っぽいし。感染型死に損ないなんて禁術どこの誰が」
「あの方はもっと酷い状態から回復されたのでしょう? 同じ手は使えないでしょうか?」
「ジフ様の場合は、自力で死に損ないになった死霊魔術師だから……それに推測だけどジフ様は天然系だと思うのよ。骨が明らかに魔術士の太さじゃないし」
難しい話をしながら墓所内部に進む御二人。
話題が私のことだということはなんとな~く分かっている。ただ専門的過ぎてジフ様の護衛職である私には少しだけ理解が及ばないのだ。
切った張ったの世界なら一番の自信があるのだが……身体が戻ったら勉強をするべきだろうか? 村で暮らしていた時は当然として、街を守っていたときも勉強は必要とされ無かった。
――――――――ああ、無心に狩りをしていたときが懐かしい。こんな路地を闇に紛れ駆け抜けたあの夜。
墓所内部の廊下の狭さに徴兵されていたころ思い出す……しかし本当に狭い。
本来は人が五人並べるぐらいの幅なのだが、今は荷物が通路の半分以上を塞いでいる。その荷物とは石棺、歴代のダブロス王が入っていた棺である。墓所最奥の”王の間”から運び出し通路に並べたのだ。なお石棺の中身は骸骨兵にされ雑用係なっている。
今も冠や杓杖を持った王気を纏う高級な骸骨兵がぞろぞろと墓所内部を巡回中だ。
「ただいま~ん、大鉈ちゃんのお帰りよ~ん」
現在”王の間”は、確保された広い空間を生かしてジフ様やアーネスト様達の生活の場になっている。他にも”王妃の間”と呼ばれる大きな部屋があるが、そちらはコメディとイーデス様が一匹と一人で暮らしている。
「よう! 今日の稼ぎはどうだ。馬鹿から搾り取れたか?」
「アライ殿、真実とはいえ憚られよ……ぐふふふふふふ」
元似非勇者一行の御二人――アライ様とウドー様が”王の間”で迎えてくださる。何代か前の王の副葬品である豪華な長椅子にだらしなく寝そべりながらではあるが。
世界中の魂喰兵と連絡を取る私やその指揮をするコメディ、ジフ様の健康管理をしてくださるアーネスト様、カネタメリー大司教として説法に励むエタリキ様、骸骨兵の監督をするイーデス様と皆忙しく働く中で戦闘職のアライ様とウドー様は”王の間”でジフ様の護衛をされていた……
最初は。
初日の朝は剣を腰に佩き、拳を握り締めて”王の間”の入り口を守っていたのだが、夕方には副葬品の盗掘や選別に邁進していた。現在は目ぼしいものを盗り尽くしたのか一日中”王の間”でごろごろされている。
「暇だぜ~土産ないか土産」
「金貨を積むのも数えるのも飽きてきたゆえ遊戯盤などを所望する」
……部屋にいてくださるだけでもジフ様の安全は向上するわけですから不満はありません。ええ、ありませんとも。
「ジフ様はどこ?」
だらだらしている二人組にジフ様の居場所を尋ねるアーネスト様。見渡しても”王の間”の主であらせられるジフ様の姿が見当たらないためだ。
はて? 今のジフ様は御一人で出歩いたりされないはず……朝はちゃんと部屋中央に置かれた寝台の下に居られたのだが?
見渡しても財宝や副葬品の間を駆け巡る死体獣達以外いない。
「あーあいつならそこだ、そこ」
どこ?
”王の間”の出入り口付近にいる私達からほんの少しだけずれた場所を指差すアライ様。
そこにあるのは両開きの扉の片方だけなのですが……?
「あッ!」
『まさか』と呟き扉の影を覗き込むエタリキ様。そのまま何かを引き摺りだす。
「私は悪くない、悪いの蜥蜴であって、私は悪くない、何も悪くない、あのあのあのあの蜥蜴全部悪い、全く悪くない、どうして私が、なんで私が、あの蜥蜴が悪いんだ、世界が悪いんだ、私は私は悪くない、どうして理不尽だ、どうしてどうして、あの時殴らなければ、いや悪くない、仕方が無かった、魔王軍なんて魔王軍なんて、私は悪くないんだ、悪くないんだ……」
訂正、何かではありません。頭を抱えて世界を呪いつつ自己弁護に邁進中の敬愛すべき主に私は帰還の挨拶を告げる。
ただいまです。ジフ様。
当然、墓の中。王と王妃が別々に埋葬された理由は……死後ぐらい一緒にいたくはなかったんでしょうね。
最近、異世界創作の素という別作品(?)を書いてるのでよろしければどうぞ~
アドレスは、http://ncode.syosetu.com/n3373cw/