苛烈な挨拶
お辞儀、握手、抱擁、キス、贈り物……文化により一般的な挨拶は微妙に異なります。
拳打、二回。
手刀、七回。
投技、十三回。
叩き付け、たくさん。
踏み潰し、もっとたくさん。
以上、復活したジフ様と私の間で交わされた挨拶である。
「くたばれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
訂正、交わされている挨拶である。
「消えうせろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
追記、これはけっして怒られてる訳ではない挨拶だ。
「死にさらせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
えー…………そもそも私は死損ないであるからして既に死んでいる。ゆえに『死ね』と罵倒されても死ぬことはできないわけで、これはジフ様流の小粋な挨拶。
「シャー」【現実を見ろ】
華麗にして偉大なジフ様による四角い挨拶を受けている私へ刺さるは冷めた声。コメディだ。
半ば生き埋め状態の頭蓋骨を捻り可愛い相棒を探す。
――――いた。ジフ様の覚醒直前に脱出したコメディは、こちらの状況は把握できるけど何かがあったら即離脱できる、そんな絶妙な位置でとぐろを巻いていた。
えっと……コメディ、たすけ――
「ジャー」【断る】
最近コメディが冷たい気がする。体温ではなくて私への扱いが。
「いいかっ! よく聴けぇ! 私にはどうしても許せないものが三つあるぅぅぅっ!!
一つ、私を出世させない上司!
二つ、私より出世が早い同期!
三つ、私より出世する後輩!
……それと私の出世を邪魔する敵も許せんし、私以上に出世する部下は絶対に許せんっ!!」
冷たいコメディとは逆にジフ様の挨拶は熱を帯びていき、挨拶から演説へとなる。
「上司より優れた部下など存在しねぇ!!」
大事なことなのだろう、モフモフしていた時間を取り戻すかのように怒涛の勢いで一席ぶつジフ様。
そんなありがたい演説を傾聴する観客は、大まかに分けると三つだ。
パチパチ! パフパフ! ドンドン!
一番多いのは、いつの間にか木箱より脱出していた死体獣踊り子隊。楽器を鳴らしジフ様の演説に花を添えている。積極的に演説を盛り上げる姿勢は見習いたい。
「予想はしてたけど心せまっ! 全部出世絡みじゃん!」
「出世なんて賄賂でいくらでもできるのものを! そ、そんなことよりこのままだと金蔓様が粉微塵になってしまいます!」
「イーデスちゃん、エタリキちゃんもう少し小さな声でお願いね~ん。だけど確かにオオナタちゃんが埋葬されちゃいそうね。アライちゃん、救出お願いできる? ……アライちゃん?」
「…………」
「アーネスト殿、アライ殿なら立ったまま気絶しているぞ」
二番目はアーネスト様と元自称勇者の方々。
皆さん演説についての感想を語る。アライ様に至っては感動のあまり気絶中だ。卓越した音楽家の奏でる調は聴衆の心を奪うと聞くが……ジフ様の演説はそれを上回るということだろう。
そして最後に微動だにせずジフ様の演説に聞き入る黒き竜――邪竜王。その姿は峻厳なる山のように泰然として揺らぐことが――
「…………」
――動いた。漆黒の竜王がその牙を僅かに開き、
「消えろ」
暗き炎が迸る。
なっ!?
魂の遠吠え中のジフ様が、梱包されていた木箱ごと業火に包まれる。死損ないにとって致命的な炎によるクレーム。
なんばしよっとかっ!?
轟々と火葬されるジフ様をただただ仰ぎ見る私。火気厳禁と書かれた札が灰となって舞い散っていく。
「生ごみ風情が喚くな。不快だ」
え、あ? み、水はどこっ!? 消火! 消火!! 井戸!
「さて、話を進めるぞ。実は人間どもがこの街に暗殺者を潜り込ませているという噂があってな。早速だが冥骸王の力で……」
自らが犯した大罪を理解しているのかしてないのか、黒蜥蜴は私の無事を額の瞳で確認すると平然と話し合いを再開する。
みみみみみみみみみみみみみずううううううううううううううううううううううううううう!!
対する私はジフ様をお助けするため大錯乱しながら水を求めた。
みず! ミズ! 水! みずはどこだああああああああああああああああああああああああ!! コメディ!! みずみずみず!
「ジャー」【無駄】
コメディーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
ざっぱり斬って捨てるコメディの雪山登山の冷たさに絶叫する。
私たちのジフ様がこんがり焼かれているのに酷過ぎる。
【落ち着くのだ……オオナタ】
ゼミノールまで! どうやって落ち着けと! ジフ様が! ジフ様が! と言うかあの黒蜥蜴なんなんですか!
【竜の吐息は奴なりの挨拶でな。防げないような者と話す価値はないという……ああ、それより落ち着けというのは、君の主はどうやら話す価値のある者だということだ……オオナタ】
あれが挨拶!? 私のときもいきなり火炙りにしたしなんと野蛮な! あんな挨拶があって許されるのか? 許されるわけがない!! ……なんですかその目は?
【君の主のほうが……オオナタ】
おお! そうでした。ジフ様を早くお助けしないと。
【殴り蹴ることは非常に暴力的挨拶だと思うのだがね……オオナタ】
私がジフ様の救出に再び水を探そうと転がり、その後頭部にゼミノールがぼやいた瞬間だった。
「誰が生ごみだ蜥蜴ええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
燃え上がる炎の中から、
「ぬっ!」
こんがり真っ黒に焼けた木箱を粉砕し、
「ジャジャー」【ちっしぶとい】
現れ出でる我等が主。
「私の出世はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! この程度では止められなああああああああああああいっ!!」
闇色のマントを翻し、双腕五指に煌く金銀宝玉、王者の証たる冠を頂き不死鳥のように舞い踊る…………棺!?
「「「「「…………………」」」」」
ジフ様の異様な威容に皆様声も出ない。といいますかアースト様達! 皆さんは見慣れてるでしょう!
「消えろ」
あ!
二度目で耐性がついたのか、黒蜥蜴は遥かに早くそして強烈な火炎の洗礼を解き放とうとした。あらゆる存在に致命的な暗い焔がわずかに牙の狭間から溢れる。
「お前が消えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
だが叫び声さえ置き去りにしてジフ様が突っ込んだ。文字通りの全身全霊で……蜥蜴の下顎に。
結果、私はひとつ賢くなった。火炎を吐こうとしている魔獣の口を無理やり閉じたらどうなるかという知識を得たのだ。
鼻、耳、目――頭部に存在する口以外の全ての穴という穴から頭の中身と炎を撒き散らす蜥蜴の無残な姿から。
「きたねぇ鼻火だ」
崩れ落ちる邪竜王に吐きすてジフ様は今度こそ威風堂々大地に立った。
……やはり棺姿で。
猫の頭突きは挨拶の一種(臭いこすりつけてるそうです)。つまりドラゴンが炎の吐息を挨拶にしてもなんら不思議はないのです(個人的発想)。




