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骸骨の夢  作者: 読歩人
第十一章 流浪編
209/223

邪竜王の恐怖

名前とは己を定義する最初にして最大の要因です。

(ドラゴン)――それは最強の魔族。御伽噺の最初と真ん中と最後で勇者に倒される敵役。話によっては魔王の正体は竜というのもまである。

 そんな超大物魔族が天幕、舞台諸々ぶち壊して私の眼前に舞い降りたのだ。

 蝙蝠似た巨大な翼はそれだけで陽光を遮り恐怖を与え、漆黒の身から立ち昇る闇の精気が周囲を侵す。存在するだけで周囲の全てはただの獲物と成り下がる――まさに絶対強者。


 さて………………この竜なに?


「さ、最悪! 邪竜王じゃないの!!」


 誰に尋ねるか悩んでいるとアーネスト様が広がる闇から逃げつつ悲鳴のような声で紹介してくれた。。


 お知り合いの竜でしたか……アーネスト様のお知り合いに失礼かと思いますが”邪竜王”とか十二、三歳の背伸びしたがりな少年の考えた痛たむず痒い名前はどうかと思います。


「むしろ知らない魔族のほうが少ないわよぉーーーー! 魔王軍六大軍団の一つ邪竜軍団の長にしてその実力は魔王軍の中でも十指に入ると言われているわ!! 追っ手にしても早すぎるし大物過ぎる!! ……名前のほうは他の軍団長に合わせて改名したそうよ」


 解説ありがとうございます。魔王軍でも十指……確かに触れただけでズタズタにされそうな黒曜石の鱗といい、ひとなぎで山を更地に出来そうな尻尾といい迫力が違う。何より”邪竜王”なんて改名する精神力は人知を超えている。先ほどから私に固定された琥珀の瞳なんて見つめられるだけで金縛りになりそう…………なんか私睨まれているような。


 ヒョイ……ヒョヒョイ……ハッ! トオッ! ヘアッ! シュワッチ!


 試しに視線を避けるように体を左右に揺らしてみたが残念なことに邪竜王……ぷっ……の瞳は、私に合わせてピッタリと吸い付くように動く。完全に獲物を狙う捕食獣の目です。骨ですか? 骨が欲しいんですか?!


「おまけに竜の吐息(ドラゴンブレス)は、地獄の業火に例えられるほどで死に損ない(アンデッド)の天敵よ」


 ほー凄いんですね。


 スーーーーーーーーーッ


 アーネスト様の言葉を補足するわけではないだろうが、邪竜王がチロチロと炎が覗く口で大きく息を吸い始めた。どう見ても竜の吐息(ドラゴンブレス)とやらの発射体勢である。


 竜の吐息(ドラゴンブレス)がどんなものか見てみたい気もしたが、私は静かに大剣を構え”力”を注ぎ込む。

 銀色に輝く鋼の刃に青き燐光――これまで貪り喰らた魂が纏わりついていく。



 ……シニタクナイ……ナンデ……ユメダユメナンダ……カミサマ……ヤラセハセンヤラセハセンゾ……タスケテ……ユルサンゾ……ユウシャサマ……ホネホネ……マゾクヲコロセ……ママ……アオオオオオオ……タスケテ……シニタクナイ……セカイハワガモノヨ……イキタイ……タスケテ……イタイ……コノコダケハ……ニクイ……バケモノ……シュッセシタイ……



 望まざる死を迎えた人々の奏でる嘆きと叫び――少し関係ないの混ざってる?――が心地良くも悲しいなんとも言えない気分にさせ――――今まで人間(えもの)達の声なんか聞こえ……


「「「「大鉈(ちゃん)!!!!」」」」


 ハッ!?


 些細な違和感に気を取られていた私は我に返った。返ってそして見た。見て更に固まった。


 ――爆炎。

 

 爆音ではない、爆炎(・・)だ。衝撃だけでも炎だけでもない物理的破壊力を伴う業火の洗礼。

 余波だけで天幕の残骸は燃え上がり舞台に至っては蒸発、アーネスト様たちも吹き飛ばされる。


 アッ!!!!


 そしてその一撃をモロに正面から喰らった私は言葉も無い。

 まさに灼熱地獄! 熱いと感じるより先に痛みが、凍えるような痛みが私を襲った。


 不意打ちとは卑怯なり邪っ竜っ王っ!!


『明らかに君の油断だと思うがね。それより頼むぞ……猿魔』

『承知』


 私がこんがり焼かれるのを他所にゼミノールが冷めた声で猿魔――私の右手となっている古の魔王に指示を出す。

 この二人――人じゃありませんが――も私の一部になっている以上一緒に炎に炙られている割には余裕ありすぎでしょう。


『我らは死して数百年、同族を殺し大地を奪った人間を狩るために己が亡骸に宿り復讐の時を待ち続けた。既に”痛み”など消え失せて――』


『熱いニャ~早くするニャ~猿ニャ~』


『…………ごほん』


 暑さに耐えかねた左手に宿る雨豹(ヤガー)の訴えをゼミノールは咳払いをして誤魔化した。 


『斬!』


 でそんな駄目な面子を他所に右手のお猿さんは大剣の一振りで竜の業火を吹き散らす。ついでとばかりに軽く一、二度剣を振り回して延焼する炎まで消火。


『……』


 ……お猿さんが何も言わずこちらに意識を向けてくる。何も責められる点はないはずだけど居心地が悪い。ゼミノールも同じようで干し首を明後日の方向に逸らしてる。

 誰か何か言って欲しい。


『『………………』』


 沈黙が辛い。誰か話を進めて。


「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 そんな気まずい空気を動かしてくれたのはとても(よこしま)な笑い声だった。

 聞くものの心を意味も無く不安にさせる声の元凶は――邪竜王だ。


「見事だ。ワシの吐息を浴びて生き延びた生ごみは死霊王以来だ。見事見事、南の魔王よ」


 嘲るような調子だが褒められているのだろうか? ジフ様のお言葉なら嬉しいのだが。賞賛されても攻撃を仕掛けてきたことからして敵である。


 私は今度こそ油断無く刃を構え隙を窺う。


「しかし”南の魔王”か……キサマには、相応しくない名だな」


 邪竜王曰く『キサマは魔王に相応しくない』らしい……別に私が名乗ったわけではないので相応しいとか相応しくないとか言われても。勝手に呼ばれてるだけなんです、と反論するのもなんだし……


「そうっ!!」


 対応に苦慮していると邪竜王がくわっと瞳を大き天に吼えた。


 くるかっ!


『心を強く保つのだぞ……オオナタ』


 言われるまでもない。吐息を剣の一振りで捌き、そのまま突進接近戦で屠る。


 ゼミノールに警告に私は自らを一つの刃と変える。


 さあ来いっ!! 邪竜王★! その痛い名前と共に斬り捨てて――


「死と滅びを撒き散らし死者の魂を纏うキサマに相応しき名は――冥・骸・王なり!」


 ズビシッ命名された。


『………………』


 そして世界は静止した。




 たっぷり(とお)数えるほど経って世界は再び動き出す。


「あまりの素晴らしき名に声もでないか……クックックッ」


 邪竜王だけが。


「”邪神”というのもいいがワシと被るしな。かといって不死王や骸骨王というのも迫力と重みに欠ける。冥骸王――死の世界を支配する骸骨の王。ワレながら素晴らしい名だ。単調にならず、それでいて行き過ぎた独創性とは紙一重の命名」


 邪竜王が陶酔したように理解不能な言語で喋る中、私は徐々に意識を回復させる。


 何が起こったか冷静に思い返そう。


 ジフ様と再会したら竜が降ってきて火炙りにされ名前を付けられた。


 わけがわからないよ。どうして邪竜王は名前にこだわるんだい?


「冥府大将軍や地獄皇帝も捨てがたいが少し古臭い。何より妖鬼王達と合わせんといかんしな。”王”は外せん」


 なら冥王でいいじゃないでしょうか? いや、問題はそこではなくて何故名前を付けられないといけないのでか。


『そこも問題ではないぞ……オオナタ』


 私より傷が浅いのか普段と同じツッコミをいれるゼミノール。


 流石、調停者とか賢き巨人とか呼ばれるだけあって精神が強い。後は頼んでいいですか。


 デニム様とはまた違った精神口撃にゲンナリした私はゼミノールに縋りつく。

 

『任せたまえ……オオナタ』


 なんて頼もしい! ああ、この干し首がこれほど頼もしく見えたことがあっただろうか? いや無い!


 快く引き受けてくれたゼミノールは緩やかにゆっくりと喋りだす。そうまるで懐かしい過去を語るように。 


『命名癖は相変わらずのようだな……邪竜王』


「これは命名癖ではない。ワシの邪眼が魂の名(ソウル・ネーム)を紡げと疼くのだ。それより『相変わらず』だと?」


 おお、邪竜王が自分の世界から戻ってきた。


『分からないか……邪竜王。いや、あえてこう呼ぼう……何のために来た! 天覆う漆黒の竜貴公子ザ・ドラクル・オブ・ダークネス!』


「な!! キサマ何故!! 何故ワシの古の魂の名(ソウルネーム)を知っているっ!」


 激しく動揺しているが……あ、れ?


『かつての盟友を忘れたか……天覆う漆黒の竜貴公子ザ・ドラクル・オブ・ダークネス! 我が魂の名(ソウルネーム)を忘れたか! 我こそは大地を震わす巨腕(ザ・ガイア・ハンド)だ!!』


 ドーンッと宣言する大地を震わす巨腕(ザ・ガイア・ハンド)さん。


『………………』


 世界は再び静止した。

ゲームとかでプレイヤーキャラに名前を付けるときは注意しましょう。


その時は格好いいと思っても、数年後プレイする時苦しみ悶えるのはあなた自身です。

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