舞い降りる影
反乱、革命、一揆……これらに対して支配者が最初に行うことはなんでしょう。
交渉? 違います。
譲歩? もっと違います。
全面降伏? ありえません。
アーネスト様とエタリキ様の凄い計画をどこかのだれかに伝えた私に、
【落ち着いて聞きたまえ。もうすぐこの天幕に魔王軍の兵……恐らく幹部に率いられた精鋭部隊が君達を殺しにやってくるだろう……オオナタ】
干乾び皺くちゃな顔を更に顰めて出来の悪い生徒にどう説明するか悩む教師のようにゼミノールは言った。
そしてその出来の悪い生徒であるところの私……じゃなくてジフ様の優秀な骸骨兵であるところの私はゼミノールの言うことをまったく理解できない。
いきなり『魔王軍の強い奴が襲ってくるよ』と言われて納得できるだろうか? いやできるはずがない。
【君が呼んだのだよ、君が……オオナタ】
ゼミノールの生暖かい視線に腕を組んで自分がしたことを思え返してみる。
私が呼んだ? 魔王軍に殺されるようなことを? 私がしたこと……魔王軍……呼ぶ……殺す……ジフ様箱詰め……反乱計画……魔王ぽいもの撲殺未遂……魔王軍ぽいもの蹂躙……アンスター王国お友達化……魔婆に××××される……勇者に敗北……ジフ様の復活と……まさか!!
重要なことを思い出した私はカッと眼窩から青い精気を発射する。その重要事項と魔王軍訪問を結びつける稲妻めいた閃きだ。
分かりました!!
【たぶん君が考えていることは違うぞ……オオナタ】
期待度零ですね。しかしこれしか考えられません!!
【言ってみたまえ……オオナタ】
はい! 魔王軍の偉い人はジフ様の出世をお祝いに――
【問題はどうすれば争いを避けて話し合いに持ち込めるかだ。まずはあそこで大制覇の夢を見ている二人を現実に連れ戻すとしよう……オオナタ】
私の解答を遮って何事もなかったようにゼミノールは話を進めた。
アーネスト様、エタリキ様ちょっといいですか~?
そして私も文句を言うことなく話に乗って舞台の上で反乱計画を議論する二人――アーネスト様とエタリキ様に声を掛ける。
ジフ様の優秀な骸骨兵である私は、話を遮られそのまま話を進められても抗議したりはしない。なんとなくだが抗議すると深みに嵌まる気がしたのだ。べ、別に魔王軍に復讐されるような覚えがあるからではない………………たぶん。
「だからモフモフによるモフモフのためのモフモフの楽園が……なあにぃ~ん? オオナタちゃん」
「何でしょうか我が金蔓様? 二番目に高い金山でしたら割引価格で御貸しますよ」
世界征服の暁には世界中に死体獣のモフモフ楽園を造ると話していた桃色骸骨道化師と世界征服の暁にはあらゆる富を集めて金の山を造りたいと語っていた眼鏡神官が楽しげに談笑しつつ舞台から降りてくる。世界を征する陰険悪辣な企みを練っていた覇業の座から一歩、また一歩と舞台裏へと……
【すまないが冷静に聞いて欲しい……死霊魔術師と神官】
そして光り輝く夢の舞台より墜ちた道化師と金の信者にゼミノールは沈痛な面持ちで宣告する。
「あらあら何かしら~ん? ゼミノール……流石にちゃんは失礼かしら? ゼミノールたん」
「何か御用ですか? 雑用ならそこらの元似非勇者にお申し付けください」
二者は、古の魔王らしいゼミノールを前にして丁寧なのか失礼なのかよくわからない言葉で応じる。
【時間が惜しいので簡潔に伝えよう。本来、私はゆっくりと時間をかけて話すのが好みなのだが本当に危機的な状況ゆえ割愛する。何より一から十まで説明すると恐らく君達二人は怒り来るってオオナタを殴り倒したくなるだろう。本音を言うと私も少し殴りたいが残念なことに今の私には腕がない、長い年月ゆえ朽ち先日遂に崩れてしまったのでね。それにしてもここ最近は刺激的な毎日だ。こんなことはいつぶりだろうか? …………あの清楚可憐にして少々欲張りな少女の頼みを叶えてあげていた時だろうか? 何故彼女は去ったのだろうか? この首まで捧げたという――――】
「他に男が出来たんじゃなかしら~ん。聖女っていっても女だし」
「騙されただけですよ。聖一教がよく使う手です。御伽噺知りません? お馬鹿な巨人の物語とか有名ですよ」
かつて強制的に聞かされたおやっさんの無駄に長い初恋話を髣髴とさせるゼミノールの失恋話を明るく斬り捨てる御二方。
ゼミノールが遠い目をしている。天幕の中だから青空も見えず、拡がるのは暗い闇だけである。
【あーすまない改めて簡潔に伝えよう。……君達の反乱計画が魔王軍にばれて、兵士達が粛清しようとこちらに向かっている。早く逃げたほうがいい……以上だ道化死霊魔術師と似非神官】
「「……………………………………………………………………………………はい??」」
カッコーンと顎骨を落とす御二方。なんとなく笑いが誘われる音です。
……どうやら伝わってないようですね。
【ではもう一回言わせてもらう。君達の反乱計画がばれて魔王軍が君達を殺そうとしている。早く逃げたほうがいい……桃色死霊魔術師と金の信者】
「「……………………ハイ?」」
まだ頭が言葉の意味を理解することを拒否しているのでしょうか。もう一度どうぞ。
【オオナタがドジって全部ばれた、諦めるのだ……不運な死霊魔術師と不幸の神官】
「「あーーーー………………なるほど」」
今度は納得していただけたようですね。しかし今の説明で何故、即納得?
そんな疑問にクルクル首を回転させる私を一瞥すると道化師と神官は素早く動き出す。
「エタリキちゃん、わたくしは周囲を遠視の水晶球で確認するからぁ~ん」
「分かっています。私は魔王軍の常連様に遠話で確認を」
たったそれだけ言葉を交わすと御二人は息の合った連携で状況確認を始めた。
アーネスト様はその道化姿に相応しく水晶球を幾つも宙に投げ虚空にサーカス周辺の様子を映し出し、エタリキ様は神官姿に似つかわしくない営業スマイルで魔王軍の知り合いに次々と話を聞いていく。更にはその片手間にウドー様達や何処からともなく呼び出した骸骨兵――新人でしょうか?――に身振り手振りで指示を出しサーカス内部の荷物を纏めさせていく。
【なんと手際のいい】
その手腕にゼミノールが感嘆の声……というか思念を漏らす。
私も確かにそのまま夜逃げ屋とかやっても食べていけそうですね、と返したのだが……
「駄目みたいねぇ~ん」
「どうやらそのようですね」
残念ながらアーネスト様とエタリキ様の反応は芳しくない。どうやら夜逃げ屋はしたくないようだ。
【違うぞ……オオナタ】
ゼミノールがアーネスト様を見つめながら私の考えを正す。
【もう間に合わないという意味だ……オオナタ】
虚ろな視線はアーネスト様の操る水晶球、その映し出す像に注がれていた。天を覆い隠す巨大な影へと。そしてその影が目指すのは街の中心にある黒き天幕!
私が思わず上を見上げた瞬間だった。
死者を包み込む暗き闇が切り裂かれ朝日と共に突風が吹き荒れる。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおぁっ!!」」」
舞台上に置かれていた世界征服の計画書や各種地図が乱舞する中、アーネスト様達が風に吹き飛ばされんと耐える。
そして……それは舞い降りた。ズンッという音と呼ぶには相応しくない破壊力を帯びた衝撃と共に。
辛うじて吹き飛ばされずに残っていた大机や黒板を粉砕し舞台そのものさえ粉々の瓦礫へと変えた存在は、蝙蝠に似た翼を広げ鰐のような長く太い尾を一振りする。
「グフゥゥゥゥゥゥオオオオオオウウウウウウゥゥゥゥゥゥ……」
一本一本が人と同じぐらいの牙を生やした口から火のこと共に笑い声とも聞こえる吐息が漏れた。
その瞳は蛇のようでもあり宝石のようでもある。
死を予感させられる視線に晒されながら私はその名を口にした。
私に勝るとも劣らぬ巨躯を黒金の鱗に包まれその魔獣の名は……
竜
武力による鎮圧。
まぁ、話し合いだけで解決するならそもそも戦争は存在しないわけでして……片方の既得権益の維持さえ、他方の利益拡大と対立せざる得ません。