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骸骨の夢  作者: 読歩人
第十一章 流浪編
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愚者は経験に学ぶ

鉄血宰相曰く『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』。この経験とは早い話が失敗の経験です。愚かな者でも失敗から学び、賢者は先人の失敗を知ることで学ぶということです。



コロコロと転がる水晶球。


「………………」


 ………………。


 その水晶球の落とし主――誰かと遠話していた兎耳お嬢さんの白い頬をツゥーと汗が流れ落ちた。いや、汗どころか頭からピョコンと伸びる兎耳が震え、私を見つめるパッチリ大きい紅い瞳が焦点を失い今にも気絶しそうな気配が。


 私と目が合って驚いたというのはありえない。なにせ可愛らしい姿をしていても魔族である。私の姿がちょっと個性的な――骸骨から始まり巨人、猫、猿、蛇、熊、狼、鳥、亀以下略な継ぎ接ぎだからといって化け物を見たような反応はしないだろう。


【普通は君が『個性的』という概念を知っていることと同じぐらい驚くだろうな……オオナタ】


 ぼそりと干し首なゼミノールが小さく何か呟いたが、よく聞こえなかったので軽やかに無視し思考を続ける。


 ……やはり水晶球を落としたからだろうか高価そうだし動揺するのも無理は無い――とここまで考えた所で更に他のことに思い至る。むしろ一番最初に思いつくべきことに。


 このお嬢さん誰?


【………………】


 私の心の声にゼミノールが無言で応える。無言だから応えてないのだけれど何か感じる。しかし何も言っていない訳だから特に言いたいことは無いのだろ……


【彼女は我々……君が街の外で拉致(・・)した魔族の娘だ……オオナタ】


 はっきり言われた。 


 あーー……言われれば街の外で保護(・・)した魔人のお嬢さんがいたようないなかったような。


 この街――タイラントの外で話しかけたら突然倒れたので、そのまま連れてきた覚えがする。あの時はジフ様に会うことが最優先だったから少し記憶が曖昧だ。前後に過激な魔人姉妹に遭遇したので余計に印象が薄い。


 コンッ――水晶球が私の脚の一本にあたり止まった。


 それを彼女に渡そうと拾い上げ、


『どうしたニーナたん!? 大丈夫か!? 畜生、貴様誰だ!? 死に損ない(アンデッド)か!! 生ゴミが!! ニーナたんに何をした!!』


 水晶球から聞こえる怒鳴り声に骨面を顰めた。

 幸いなことに水晶球は壊れることなくどこかと繋がったままのようだ。水晶球に大きく映し出された毛深いおっさんが牙をむき出しにして詰問してくる。


 ふ~む……ここは伝統と様式美に従い『人に名を聞くなら自分から名乗れ』とか言うべきだろうか?


 そんなことを考えたら握り締めた水晶球を通じてその”思考”が相手に届いたようだ。


『私はビーゼルベファーだ!! 魔人軍団の筆頭将軍だ! 私のニーナたんはどうした!? 貴様は何者だっ生ゴミ!?』


 丁寧じゃないけど応えてくれたのでこちらも名前とジフ様の下僕だと教えてあげることにした……


『オオナタだと! 反乱を企んでるのはお前か!!』


 が返ってきたのはまた質問。


 聞きたいことがあるなら一度にしてほしいな。反乱を企むのは私ではないです。企んでいるのは……


 反乱を企んでいる方々に視線を向ける。


「問題はどうすれば怪しまれること無くこの街から撤収できるかです。公演を止めるのはいいとしてこれまでの根回しでできた協力者達との関係が……」

「緑の豆だっけ? 切り捨てちゃえばいいんじゃな~い。どうせ最終的に大陸全部丸ごと殺すんだし」

「アーネスト様も悪ですね。フフフフフフ……」

「あなたほどじゃないわよ~ん、エタリキちゃん。ホホホホホホ……」


 絶賛企み中のエタリキ様とアーネスト様。お二人は馬鹿でかい机と黒板を出して緻密で壮大なわけのわからない大陸征服計画なるものを生み出していた。広げられた大陸地図に書き込まれた無数の進軍ルート、あらゆる城砦を一夜にして破る秘策、人類及び魔族要人の暗殺、飛語流言による人類の分断と魔王軍への勇者の誘導……外道非道の謗りを逃れることはできそうにない血も涙もそして隙も無い計画の数々。


【これは……既に反乱を大きく飛び越えてこの世の全てを支配する計画になっているようだな。一度計画が動き出せばたとえ勇者が現れても防ぐことはできまい】


 ゼミノールも全身を(頭だけだが)震わせ唸るほどだ。


 流石はアーネスト様とエタリキ様だなー……というわけでして反乱を企んでいるのはジフ様には劣りますがとてもすごいアーネスト様とエタリキ様他三名様です。わかりましたかビビデバビデブウさん?


 水晶球にお二人の姿や計画内容がよく映るようにしながら懇切丁寧に伝える。


『………………』


 返事は無い。あまりの偉大さに絶句しているのかはたまた水晶球の不調か。


 はて? やっぱり壊れてた?


『全軍に通達、ジフ大サーカス天幕にて反乱の兆し有り。首班は死に損ない(なまごみ)の道化と胡散臭そうな偽神官。また南の災い及び駐留軍壊滅とも関係している可能性が高い。軍団長達の出陣も要請しろ』


 叩けば直るかなと私が拳を握ったら、冷静な口調で言葉が水晶球から流れた。『ニーナたん! ニーナたん!』と叫んでいたのと同じ人物から発せられているとは思えない聞く相手をひどく不安にさせる冷たい声だ。


 えーっとどうかしましたか?


『……礼を言おう死に損ない(なまごみ)。貴様が反乱と関係ないなら逃げることだな。そこはもうすぐ煉獄に沈むことになるだろう』


 お礼を言うと球面に映る魔人の顔は消え声もそれっきり途絶えた。 


 煉獄って炎の地獄で神様に逆らった悪人が落とされる刑場だっけか? ここがそれに沈むとはこれいかに?


「あわあわわわわわああああああ……逃げないと逃げないと……」


 私と同じよう遠話を聞いていたのかニーナ嬢も兎耳揺らし混乱している。よたよた天幕の外を目指し始めた。こけないか心配させられるその後姿に慌てる。


 だ、大丈夫? それに落し物! 水晶球忘れてますよ~!


「ひゃッ! い、いりませーん! あげますーーーーーー!」


 ……行ってしまった。


 背後から迫る何か――私ではない。断じて無い――逃れるかのごとくニーナ嬢は、その兎耳が飾りではないことを証明するようにぴょぴょーんと跳ねて闇の中に消えてしまった。


 もらっても遠話の仕方が分からないんですが……まあ、いいか。後でコメディに教えてもらおう。


 問題を先送りした私は、ごそごそと甲羅の中に頂き物をしまい頭蓋骨の中身を切り替える。


 さあ! ジフ様と死体獣(ゾンビビースト)達をモフろう。ニーナ嬢の耳もモフりたかったがこちらこそが本命にして主食にして大願なのだから。


 左の猫手と右の猿手をワキワキと動かし私はジフ様達へにじり寄った。

 久々にあの子達の毛に触れると思うだけで頭蓋に笑みが浮かび、フヒヒヒヒヒヒと怪音が零れてしまう。


 しかし……


「チュウ?」「ニャーニャー」「コケ!」「コンコン」「バ、カァー?」


 死体獣達は鞄に毛玉や櫛を詰め込んだり、大きな箱に藁を敷いたり忙しそうに動き回っていた。

 ちょこまかちょこまかと右へ左へとても愛らしい。見ているだけでも癒されるのだが……邪魔になりそうなのでモフることができない。

 ならばジフ様を!!と標的を変更。溢れんばかりの忠義の心を胸に秘めずに叩きつけようとして。

 『攻撃禁止』『天地無用』『ジフ在中』『壊れ者』『開封後はお早めに』――赤字で書かれた紙が張られて梱包されるジフ様の姿にこける。


 何故に!? というかいつの間に? 誰が! 引越しでもするんですかジフ様! そしてこれ荷物扱いじゃないですか!! 


「チュッ!」


 私の叫びに応えることなく、死体鼠の号令で全ての死体獣達は、木箱の中に荷物と一緒に入ってしまった。こちらの箱にも『攻撃禁止』『火気厳禁』『壊れ可愛いもの』『やさしくしてね』と赤字の注意書きがぺたぺたと。


 えーと……何かの新芸? 蓋を開けたら中から消えているとか。



【避難の準備だと思うがね。この状態なら安全に運んでもらいやすいだろう……オオナタ】 


 なんでまた。 


【逃げるために決まっているだろう……オオナタ】


 はい? 逃げる? 何故?


【そうだな。ああ、そうだとも。君にそれがわかるなら誰も苦労はしないからな……オオナタ】


 大丈夫ですかゼミノールさん? すごく疲れた風ですが。


【いやいや、君のおかげでこれから思う存分に調停ができるとやる気が沸いてくるよ……オオナタ】


 そんなに褒めないでください、照れます。


【【【【【【【【皮肉だッ!!】】】】】】】】


 あれ?


 褒められたと思ったら体中のあらゆる箇所から魔王の霊達に怒られた。

失敗を失敗と認識できると限らない。また前例が無い事態なんてそこら中にあったりなかったり……

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