容疑者
思い込みでだけで犯人を決め付けるのはいけません。
「こうしてエタリキちゃんを無事説得した私達はタリア王国を目指してスチナを横断したの。
この道中がまた大変でね~ん。デニムちゃんの説教、死霊魔術師、聖一教の神官、賞金稼ぎと毎日のようにゴタゴタが続いて、秘密結社”赤い糸”の後継者争いに巻き込まれた時は本当に……オオナタちゃん聞いてる?」
スピピピピピピピピピ…………
「オオナタちゃ~ん起きてる?」
スピピピピピピ…………
「熟睡する骸骨兵っているのね。う~ん…………オオナタちゃ~ん、ジフ様が呼んでるわよ」
エッ?! ジフ様が私を御呼びですと!!
アーネスト様の話を聞きながらいつの間にか眠っていた私は『ジフ様』という一言に飛び起きた。
鈍く光る得物を振りかざし羽根を広げたため足元――先ほど死体獣達がモフモフフモフモ踊っていた舞台がメキメキと嫌な音を奏で周囲の天幕が震える。
手抜きか? 巨大な亀の甲羅に巨人の亡骸、魔族の干物数十そして山を削り取る大剣を身に着けた私が身じろぎしただけで悲鳴を上げるなんて……あっ、コメディが案外重いのか?
「オオナタちゃ~ん、起きたわね。骨の話を聞くときは寝ちゃ駄目よ~ん。例え昼食後でも徹夜明けでも瞼をこじ開けないと」
はい。起きました。そして起きた私は死体獣の職場環境とコメディの体重について真剣に考察を……とっ、アーネスト様?
そこで再び私の意識がアーネスト様に向いた。アーネスト様は若干ご機嫌斜めなご様子。
すみません。ジフ様の話が少なくなってきてついウトウトしてしまいました。
「オオナタちゃんはジフ様のことしか考えてないのね~ん」
堂々と胸を張って素直に謝る私へ何故かアーネスト様は当たり前のことを呟かれる。肩甲骨を竦め、頭蓋骨を左右に振るのはなぜでしょう?
「それじゃあジフ様がどうしてああなったのだけ話すわね」
『それでお願いします』とああなった――モフモフ呟かれるジフ様の神々しい御姿を見ながらそう私が答えようとしたとき――
「大変! 大変よ!!」
何者かの声が割り込んできた。
むぅ、何ですか? 人の話に割り込むなんて……あ、イーデス様。
声の方向――客席の間にある通路を睨み付けた私の眼窩に映ったのは、ジフ様の弟子――且つ先ほど倒した――イーデス様だった。幸いなことにもう大丈夫そうだ。流石は元ハズレ勇者、五体をバラバラに裂いて××して△△したのにもう元気に走っている。
ところで何がウドー様……ではなく大変なんでしょうか? ジフ様についてのお話以上に大変なことなんて天上天下どころか一昨日から明後日までないのに。
「どうしたの~ん? そんなに慌てて。『いつも笑顔で穏やかに』よ、お客さんが見たらどうするの~」
「ま、ま、まま――」
尋ねるアーネスト様にイーデス様は、答えようとしながらも息を詰まらせる。
走ったから息が上がったのかな? 肌も少し青白いし運動不足なのだろう。初めて会った時から細くて不健康そうだったし…………コメディに太る方法を聞いてみようか。
仲間思いの私がそんなことを考えているとやっとイーデス様が何とか言葉を吐き出した。
「ま、ま、ま、魔王が、倒されたって!!」
………………
…………
……魔王って?
意味が理解できず凍りつく私。アーネスト様も私と同じように、
「へ?」
と漏らして固まる。
アーネスト様、顎落ちますよ。それにしても魔王…………あれ? 魔王、魔王、魔王……思い出したらいけないことがあったような…………魔王……黒いネトネト……プチ………………忘れとこう。
「『へ』じゃないよ! 魔王が!! 大騒ぎが!! 街で!!」
「ちょっと落ち着いてイーデスちゃん! 魔王様が倒されって、さっきまで客席で舞台を見てたわよ!? え? 倒されたって?!!」
「だ・か・ら! この天幕の中で倒されたって! ついでに街の外の魔王軍も壊滅したって! 落ち着けるわけないじゃない!!」
「壊滅って…………何よ!! 聖都も天使も落ちて楽勝気分はどこ行ったの!! お約束の勇者の暗殺?! 人類最後の逆襲でも始まったの!!」
イーデス様の追加の叫びにアーネスト様も伝染したように慌てだす。
しかしそれは私も同じだった。そう……勇者と言えばあの勇者。私は確信した。この事件の犯人はあいつ等だと。何故なら私がジフ様と再会すると狙ったように現れ邪魔をするからだ。
ふふふふふふ……ここであったが百日目――ぐらい?――さっさと倒してジフ様にほめていただこう。四十八の必殺技で肉団子だ。
「人間じゃないの!」
あれ? 人間――勇者じゃないのですか? 頭蓋明晰な私の推理では十二割がた勇者が犯人だったのですが……
「人間じゃないって。じゃあ……またどこかの馬鹿が魔王の座を狙って反乱でも――」
「魔族でもないの! 噂の邪神よ!」
犯人は邪神? 首を傾げる私の前で詳細が語られていく。
曰く『山のように巨大で』『極彩色の羽根を持ち』『百獣の四肢』『巨人の顔面』『銀鋼の大剣を持った』『髑髏の頭』……子供の夢に出てきたらオネショ確定な凄まじい姿が語られていく。ついでにアンスターを皮切りに大陸の半分を死の世界に変えつつあるとかなんとか。
う~ん、蟹娘さんが言っていたの聞いた覚えがあるけど。聞けば聞くほど化け物だ。
「噂より酷いわね。でも山のように巨大で羽があって巨人の顔って……そんな……本当にいる……わけ……」
言葉を止めたアーネスト様がぎこちなく私の方へ振り向き、そして上から下まで確認するように視線をめぐらしていく……何十という魔族の亡骸を繋ぎ合わせた私の躯を。
イーデス様も同じようにしながらこちらは顔を引きつらせる。
「冗談じゃないわよ!」
え~と……何でしょうか? イーデス様、声が怖いですよ。
「オオナタちゃ~ん、ちょっといいかしら?」
アーネスト様、地獄の底から這い出てきたみたいな感じですよ。
「私ね。オオナタちゃんが勇者の足止めをしてから何をしてきたかとても興味が出ていたの~ん。特にこの街に着く直前ぐらいから天幕に入ってくるぐらいまでがとても詳しく、今すぐ、知りたいの」
あ、いえ……大したことはなかったですよ。そ、それよりジフ様のお話を――
「「いいから話しな!!」」
はいっぃいぃい!!
勇者でも逃げ出しそうな二者の剣幕に私は頭蓋骨が壊れるぐらい迅速、連続、高速で頷いた。
犯人なら別ですが。
さぁ、罪の数を数えましょう。