交渉の始まり
交渉の第一段階とは?
パンッ!!
デニムちゃんが死霊魔術師ちゃんを連れて行くのを確認した私――アーネスト・エンドは、アライちゃん達の注目を集めるために手を打ち鳴らしたわ。
「「「「?!」」」」
私と同じく安堵していたのか少々脱力していた四人は、身を一瞬竦ませるとこちらを振り返ったの。
「は~い、注目~♪ デニムちゃんの説教は長くなりそうだし……今のうちにこれからのことをみんなで話さな~い?」
私は子供達に話を聞かせる教師のように明るい声で皆に語りかけたわ。最大の障害――誰のことか言わなくても判るわよね?――がいないうちに少し根回しをしておこうと思ったのよ~ん。私の夢のため……じゃなくてジフ様のためにね。
「……野郎の話は、説教なんて生易しいもんか?」
「あれは洗脳って言った方が相応しいんじゃない?」
「然り」
全然別のことを気にする金ぴかな勇者(元)アライちゃんと女魔術師イーデスちゃんそして脳筋ぽいウドーちゃん。正直――この三人だけなら根回しなんて必要ないのよね~ん。問題なのは……
「これから私達がどのように動くか……つまりどうやって金儲けするかを相談したいということですね?」
私の言いたいことをちゃんと理解――金儲けじゃないんだけど――したのは神官のエタリキちゃんただ一人。”笑み”の見本を切り取って貼り付けたその顔は、何を考えているか見るものに悟らせない仮面だったわ。
――最終的に金のことしか考えてないのは確実なんだけどね。
「そうよ~ん。これから私達がどうするかっては・な・し♪ デニムちゃんにも話したけど死霊王様も亡くなられたし、大陸中央では聖一教がやたらと張り切ってるし……色々考えないとね~ん」
私はエタリキちゃん以外の三人にも分かるように言葉を重ねたわ。イーデスちゃんやウドーちゃんならあの子達の良さを判ってくれそうだから早めにこちら側に付けたかったし。
「死霊王が倒されたことで死に損ないの物量により戦線を支えていた魔王軍は遠からず敗北するでしょう。結果、私共もこれまでのように魔族を狩ってもあまり儲からなくなります。最後に魔王を狙ってもいいですが危険と利益が合わない」
エタリキちゃんも算盤を弾きながら勇者業――彼らの商売が破綻することを説明してくれたわ。たぶん私と同じで自分の有利になるように言葉を選んでたわね……新しい金儲けの方法を考えないといけないって思い込ませるように。
最もエタリキちゃんの言葉に”嘘”はないんだけど。勇者なんて暗殺者や傭兵を民衆に受けがいいように繕っただけで戦争が終われば喝采はなくなり褒美も減る。よほどの功績が無ければ路頭に迷うだけだからね~ん。それに功績があったらあったで逆に疎んじられることもある……これ私の実体験ね。
「それってやばいじゃん!! あたし、ギル商から金借りてんだよ!!」
「我もだ」
「あーー……つまりどういうことなんだ?」
案の定イーデスちゃんとウドーちゃんの二人は、収入が無くなることに顔色を白から黒に変え慌てたわ。残念ながらアライちゃんは理解できなかったみたいだけど。
「つまりね~ん。私やジフ様は、死霊軍団が潰れて自由だし魔王軍もやばそうだから心機一転再出発をしたい。あなた達の方は、このまま勇者業続けても戦争が終わって儲けが減るから別の職場を見つけないといけないってことよ」
私は、もう一度骸骨兵でも分かるぐらい簡単に噛み砕いて教えてあげたの。『ハハハ……潰れた……ヒヒヒ……私の夢……へへへ……潰れた……』……背後から壊れた声が響いたけど私は話し合いを優先したわ。今思い返すとジフ様あの辺りからもうおかしかったわね。
「なんとなく言いたいことは判ったが……なんで骸骨野郎と今後のこと話せねぇもふっ?!」
やっと理解したと思ったら失礼なことを言うアライちゃんの口を塞いだのは……
「アライさんは少し静かに……まだいけるは、もう駄目だですよ? 損をしない秘訣は、元本保証と勝ち逃げですよ」
神官の説法と言うより商人の心得を話すエタリキちゃん。更にこれから始まる話し合い――私との交渉で自分達の仲間が余計なことを言わないようにイーデスちゃんやウドーちゃんにも手で合図を送ったわ。
「ここは私に任せてください……ではアーネスト様、話し合いましょう。私達の今後のことについて……」
人差し指で算盤をジャラリと撫で語る彼の体からは、死に損ないだけが纏う暗い蒼光も立ち昇って……いっそ神々しくさえあったわ。
「ええ……じっくりと話し合いましょう」
エタリキちゃんの言葉に応じながら私は面倒な戦いが始まることを予感したわ。
まずは両者が”交渉を行なう”と了解することです……案外これが難しい。門前払いとか、問答無用とか良くある話ですから。