尊い犠牲
他者のため自らその身を捧げることは美談として語られることが多いです。
「エルラーン、お前が昇進し重要拠点を任された時、私は『そろそろ娘達と婚約を……』と喜んだ」
崩れた城壁の残骸の中、デニムちゃんは頭蓋骨を左右に振りながら裏切りの死霊魔術師ちゃんに近づいていったわ。瓦礫や砂利を上をスゥーーーッと音も無く滑る肉の無い骨だけの体……生者を呪い殺す死霊みたいにね~ん。
「しかしお前は、この緊急事態に拠点を放り出し! 私兵を連れてこんなところに!! 私の人を見る目がなかったのか? それとも教育がたりなかったのか?」
そして眼窩に古木の虚のような闇を湛えて深い苦悩と痛恨の念を語るの。徐々に熱のこもる声に『デニムちゃん、人じゃ無くて骨だから……人間止めてるから』って突っ込もう……慰めようか迷ったわ。
「なんにしろ……」
「あ、あ、あぁぁぁデ、ニム!?」
で、その歩みの先――死人のように髑髏を蒼白に変えた死霊魔術師ちゃんは、首を絞められたイタチみたいな声を絞り出し弁明を……
「ウッワァアアアァァァーーーァァァーーーァァーーーァーーーッ!!」
……することなく逃げ出したの。遂さっきまでベラベラと動いてた口で言い訳をすることも、何百体といる配下の死に損ないに命令することも無く杖さえ放り出してね~ん。
余りにも鮮やか過ぎて私でさえいつ背を向けたのか分からなかったわ。例えるなら一陣の風……そう、風を見ることなんて不可能でしょう? それぐらいの勢い。
下手に話し合わず、抵抗もせず最初から逃げの一手、余程の相手じゃなきゃそのまま逃げ切れたでしょうね。
「なっ!?」
例えばデニムちゃんは、驚き声を上げるだけだったし。
「これは夢だ……ほら、ほっぺを抓っても痛くない! イタクナイイイイイイイイィイイイイィ!!」
……ジフ様は、別の世界に飛んでたわ。
「おい……今のうちに逃げねえか?」
「逃げてどうするんですアライさん? 私達は既に死に損ない、魔族なんですよ」
「そうだよ! 下手に逃げて他の国の勇者に会ったらどうすんだい!? 永遠の命がパァだよ!」
「然り。それにこのモフモフから離れることは……最早できぬ」
アライちゃん、エタリキちゃん、イーデスちゃん、ウドーちゃんは逆に現実見過ぎてたわね。そうそう、ウドーちゃんは厳つい顔のわりに死体獣達に好かれてるのよ。タイラントについてからも毛繕いとかマメにしてくれるのよ~ん。
そんな訳で見事逃げおおせることができると彼も思ったでしょうね。
ただ~死霊魔術師ちゃんには少しばかり運がなかったわ~ん。
ポ? キ! ン♪
「アアアァーーーーーーーーーッ?! ツヂガッベエェェェッ!!」
心地よい響きと同時に両足の骨が折れたのよ。いつ聞いても骨を壊す音はいいわね~ん。
理由? さぁね~ん、運動不足か骨疲労かはたまた死神の悪戯か……偶然って怖いわ~ん。この説明で納得してくれるの? う~ん、オオナタちゃんは詐欺師に騙されても気がつかない人なのね。
話を戻すわね……全力疾走中に両足をへし折られた死霊魔術師ちゃんは、顔面から大地に接吻、自らの歯を使って大きな溝を作ったわ。
しかし死霊魔術師ちゃんは、それでも驚嘆すべきタフネスでボロボロになった口を大きく開け叫んだの。
「デ、デニみぇがリョガスベビエ?! チャゴエベヘヘンヴェ!! ワタヘハヘッヘネイッ!!」
ちゃんとした言葉になってなかったけどね。それだけに尚更必死なのが伝わってきたわ。なんていうか……そう! 『ここで諦めたら人生終わる』感が物凄くね~ん。
「エルラーン、恐らく言い訳をしてるのだろうが……いきなり逃げ出した時点で『後ろめたいことがある』と認めたようなものだぞ」
勿論、デニムちゃんには全く効果な~し。むしろ逆効果~這いずりまだ逃げようとする死霊魔術師ちゃんのローブに杖を突き立てて動きを封じたわ。
「過ちを犯したときは『逃げずに』『認めて』『謝罪する』、三日三晩も掛けて伝えたというのにお前は……!! 今度という今度は魂に刻み込むまで教える必要があるようだな」
あ~後から聞いた話だけどデニムちゃんは、説教する回数が増えるごとに時間が長くなるんだって。最初は半日、次は一昼夜、その次は……てね。無駄に長い説教って苦行だけど、デニムちゃんのそれは既に死練と呼ぶべきものよ。
「オ、お前達ぃぃぃッ!! こ、コイツを!!」
そして遂に逃亡も弁解も無駄なことと理解した死霊魔術師ちゃんは、実力行使――連れていた死体兵や骸骨兵にデニムちゃんの排除を命じたわ……正しくは命じようとしたわ。
「こ、コイツをたおベギョ!?」
残念なことにまたまた不運にも顎が砕けちゃったから不発に終わったけどね~ん。生きている時に小魚を食べてなかったから死んだ時に困るのよ。簡単に壊れちゃうんだもの。
「「「「「「オヤビーン?」」」」」」
幸いなことに主に似て手下の死に損ないも馬鹿――自分で物事を考えることができない頭の悪い子だったから楽だったわ。絶体絶命の危機にいる創造主を前にしても首を傾げるだけ。創造する時に生前の経験とか記憶を残さなかったのね~ん。腕のいい死霊魔術師は、そこら辺ある程度残しつつ忠誠心を刷り込めるんだけど……残しすぎると反乱起こされちゃうしさじ加減が難しいのよ。
「アーネスト様、申し訳有りませんが少し御時間をいただけますか? この者に真面目に生きるということを根本的なところから教えないといけませんので」
死霊魔術師ちゃんを拘束しながらデニムちゃんは尋ねてきたの。それに私は、魔術のために集めてた精気を散らしつつ――御自由に――って手を振ったわ。
「ありがとうございます……さあ、エルラーン行くぞ!!」
厳しい声と視線を叩きつけられながらも地面に指を立てしがみつこうとする死霊魔術師ちゃんは、必死の抵抗も虚しくズルズルと瓦礫の影に引きずられて行き。
「アああああああぁああぁぁあぁぁぁァァァーーーーーーーーーーー…………………ッ?!」
二人が完全に視界から消えると哀れな断末魔は途切れ世界に静寂が訪れたわ。
「…………」
「「「「…………」」」」
「「「「「「オヤビ~ン?」」」」」」
「イタクナイ……イタイ……イタクナイ……イタイ……」
そして私は……いえ、状況が理解できていない馬鹿骸骨達(他一名様)を除いた皆はこう思ったはずよ。
『助かった。そしてできれば戻ってくるな』
注:その美談を語るのは生き残った人達です。