新兵教育
世界観を軽く説明する話です。
「さて、死の呪文をどうしようか?」
死霊魔術師様は、私達骸骨兵と死体兵を前にして手のひらで黒い球体を転がしている。
体力の無い人間なら一撃で死に至らしめる死の呪文を、玩具のように扱うとはさすが私の主である。
「捨てるのも勿体無いな。おい、お前そこの大鉈の骸骨兵、騎士を倒した褒美だ。くれてやる」
御声を掛けていただいた私が首を傾げようとすると、そのときすでに死霊魔術師様は、死の呪文を私に撃ち込んでいた。死の呪文は、私の頭蓋骨に触れると弾け全身(全骨?)に染み込み消えた。
「それで少しは頑丈になるだろう」
死霊魔術師様は、私にそう言い放つと今度は私達全体を見回し。
「よし、お前ら行け」
手を振りながら私達に命令された。
行けと命令されてもどこに行けばよいのだろうか。
改めて周囲を見回すと人が百人ほど入れそうな岩壁の部屋で、死霊魔術師様の後ろの壁には、本棚や水晶玉の置かれた机など生活道具が並んでいる。そして私達の後ろには、先ほど倒した全身鎧の騎士と三人ほどが並んで歩けそうな四角い穴が開いていた。
恐らくあの四角い穴(もしかして通路だろうか)に行けということだろうが、念のため挙手して確認をする。
「ん、どうした?」
死霊魔術師様に確認しようと顎を動かすが、言葉を発することは無く歯がぶつかる音が空しく響く。
しかし死霊魔術師様は、その動作から何かに気づかれたようだ。
「しまった! 咄嗟に研究用の骸骨で作ったから何も知らないか。おい、お前ら戻って来い」
死霊魔術師様は、早々に部屋から出て行こうとしてた私以外の骸骨兵と死体兵に再び命令された。骸骨兵と死体兵が、カチャカチャ、ズルペトと死霊魔術師様の前に戻ってくる。
「一から教育しなければいけないのか、面倒だが仕方あるまい」
死霊魔術師様は、非常に物憂げに呟かれた後、背骨を伸ばし続けられた。
「諸君! 私は、偉大なる魔王様の側近・・・・・・死霊王様配下、死霊軍団の辺境村落攻撃拠点通称”骸骨洞窟”を任されている死霊魔術師第4649席のジフ・ジーンである」
死霊魔術師ジフ・ジーン様は、私達に自らのことを話しつつ岩壁に張られた世界地図に近づかれた。世界地図には、上下逆さまの三角形を二つ重ねた六芒星形の世界大陸”ドーマン”が北を上に記されている。
「私達は、この骸骨洞窟を拠点に大陸中央の魔王軍への増援として骸骨兵、死体兵を創造しなければならない」
ジフ様は、世界大陸”ドーマン”東側の二つの三角半島の付け根に位置する”骸骨洞窟”を手で叩きながら説明を続ける。
「具体的には、この”骸骨洞窟”を冒険者や先ほどのようなどこかの国の兵士から守りつつ周辺の街道や村落を襲い骸骨兵や死体兵の材料を集めるのだ」
ジフ様は、ここで一度話を止めた。少し頭蓋骨を真後ろに回転させ戻した後、新たな命令を下された。
「そこの騎士を持って来い」
私は、素早く背後を振り返り騎士の死体をジフ様の前に運んだ。他の骸骨兵や死体兵も動こうとしたようだがどうにも動きが鈍い。
「死の呪文の効果か? 動きがいいな」
ジフ様にも褒められた。
嬉しいことだ。
ジフ様は、騎士の死体に対して何か呟きながら怪しげな踊りを踊り始めた。そのまま火に掛けた鍋の水が湯に変わるぐらいの時間が経過した。
「死体騎士よ起きろ」
ジフ様が踊りを止めて騎士の死体に、いや死体騎士に命令された。死体騎士は、死体兵に比べ滑らかな動きで起き上がり顎の割れた顔でジフ様に頭を垂れた。
「死体兵達は、臭いがきついから外回りだ。この死体騎士について行け、洞窟の道順や街道と村落の場所は死体騎士が知っている。材料が集まったら戻って来い!」
死体兵達は、ジフ様の命令に従い死体騎士を先頭に部屋から出て行く。
しかし私達骸骨には鼻が無いのにジフ様は臭いが判るのだろうか? そういえばジフ様は家名を名乗られていたが、もしかして高貴な御生まれなのだろうか?
「次に骸骨兵達は、洞窟をうろつきながら先ほどの兵士に破壊された骸骨兵や死体兵の残骸を集めて来い。人間や攻撃してくるものがいたら殺して同じように持って来い」
私がジフ様の高貴な御生まれについて空想していると、私達骸骨兵に対しても新たな命令が下された。
洞窟の内部を覚えられ新たな仲間も増やせる一石二鳥のすばらしい任務であった。さすがは死霊魔術師第4649席のジフ様は頭がいい。
主こと死霊魔術師ジフ・ジーン様の魔王軍初級講座でした。