とある死霊魔術師の災難
誰しも病気や事故、事件に会いたいなんて思いません。
「感謝したまえ!! この私、サニー・ドゥ・エルラーンの覇業の礎になれる幸運をっ!!」
その死霊魔術師は、額の前で手を下から上に払いながらなんか告げたわ。
多分、前髪をかきあげて格好をつけているつもりなんだろうけど……髑髏に瓦礫のド真ん中でやられてもね~ん。よくいるのよ~生前の癖が抜けてない死に損ない。
いつもなら私好みの死霊魔術師だからゆっくりと楽しむんだけど……
「えっと……イケー・ニエーちゃんだっけ? 何をしに来たのかもう一度言ってもらえるかしら?」
死霊魔術師が私の求める人材か確かめたかったから、さっさと話を進めたわ。
「イケー? ニエー? なんだねそれは? 悪趣味な骸骨道化よ? もう一度教えてやろう!! この私の名は」
「名前なんてどうでもいいのよ! その前ッ! 『死霊王の遺産』とか『楽に滅ぼす』とか言ってたでしょう?」
もう一度自己紹介をしようとする死霊魔術師を遮り、私は確認したわ。
……今思い返すと、私の癒しの桃色道化服を『悪趣味』って言った時点で有罪――デニムちゃんの説教を喰らう資格十分だった気もするわね。
「この私の名がどうでもよいだと?」
死霊魔術師は、再び禿げた頭をかきあげながら不満げに答えたわ。
「死霊王が殺されたという極秘情報を入手し、上に隠して貯めていた死に損ない部隊を率いて死霊王の遺産を横領しようと動いた聡明且つ優秀なこの私がどうでもいい!? よーし、よく覚えておくのだな!! 全ての死霊魔術師を下し第二の死霊王になるこのサニー・ドゥ・エルラーンの名を!!」
「「「「「オヤビンサイコー!! オヤビンカシコイー!! オヤビンテンサイー!!」」」」」
「そうだ!! もっと讃えよ!! この私を!! このサニー・ドゥ・エルラーンを!!」
『兵力隠匿』『遺品奪取』『同胞打倒』『王位簒奪』……自分への死刑執行を万歳しながら高らかに宣言する死霊魔術師とそれを讃える骸骨兵&死体兵達の姿に私の背骨にゾクゾクっと震えが走ったわ。
「神よ感謝します…………生前も死後も祈ることの無かったあなたに今初めて祈ります」
つい素面で天に祈りまで捧げちゃった。
死霊魔術師の返事に満足した私は、次にどうやってこの死霊魔術師をデニムちゃんへ捧げるかを考えたわ。そんな私の背に、
「彼は……エルラーン? こんなところで何を?」
デニムちゃんが声を上げつつ近づいてきたのよ。
「丁度いいわ」
「はぁ? アーネスト・エンド様、何が丁度よろしいのですか?」
「気にしないで~それよりもしかしてデニムちゃんの知り合い?」
「はい。知り合いといいますか戦友といいますか……同期で元スチナ貴族です」
魔王軍がスチナ王国に侵攻したとき多くの魔術師――大半が貴族ね――祖国を裏切って死霊軍団に降ったのよ。初戦で一人の魔人が騎士団を壊滅させたり、死霊王様がそれを丸々死に損ないにしたり滅茶苦茶したから勝ち目が無いって思ったんでしょうね。で、死霊魔術師もその一人だったと。
「ふ~ん? それじゃデニムちゃんもスチナの貴族だったの?」
「いえ、私は…………王宮より禄をいただく魔術師の一人でした」
「王、宮……? てっ! スチナの闇十字!?」
軽い気持ちで尋ねたら予想外の答えだったんで思わず叫んじゃったわ。スチナ王国の宮廷魔術師って優秀なことで有名でね。全員が全員、超がニ、三個付くほどの一流魔術師なんだもの。まさかデニムちゃんがその一人だったなんて……想像してたのと随分違ってね。
いえねぇ、噂だと研究成果を差し出すことを条件にありとあらゆる行いが国家により許可されている外道魔術師集団とか言われてたから。
「末席ですよ。それより……」
デニムちゃんは大したことが無いように自分の話を終えたの。
確かにデニムちゃんの経歴より重要なことがあったわ。そう! 好都合なことにデニムちゃんの知り合いだったのよ!! デニムちゃんの性格からして知り合いが『墓荒らし』とか『強盗』とかしてたら即”話し合い”をしたがりそうでしょう?
「ちょっと聞いてぇ~ん、デニムちゃん。彼、私達から金目のものを巻き上げて死霊王様の遺品を盗もうと……」
早速、死霊魔術師を指で示しつつデニムちゃんに罪状を告げ口して身の安全を確保しようとしたんだけど。
「……エルラーンは、初戦でスチナが敗北すると翌日には魔王軍に寝返った機を見るに敏な者で、そのあまりの素早い行動に両軍から『風より速い風見鶏』と讃えられた優秀な魔術師です。その後も軍団内で師を七回、派閥を八回乗り換えて瞬く間に二桁にまで上り詰めました」
デニムちゃんは、褒めてるのか貶してるのか微妙な話をしながら私の背後から身を前に進めたわ。
「しかし要領の良さに反して、少々職務への真摯さに欠けるところがあり何度も注意したことがあるのです。それなのに担当拠点を放り出し”暗黒門”にいるなんて……話し合いが足りなかったようですね」
そして背骨を伸ばし、力強い言葉を口蓋より溢れさせその姿は……柱のような長身も相俟って壁の如き圧力を感じさせたわ。
「えっと? デニムちゃん?」
「申し訳ありませんアーネスト様、少し彼と話をさせていただきます」
そう……私が何にかするまでも無く既に審判は下されてたの。起こるであろう惨劇に私は身を固くしたわ。
「おいおい。君達、この私の言葉が聞こえなかったのかな? さっさと……」
そんな状況を理解できるはずも無い死霊魔術師は、自分が既に死んで――死に損ないだから終わっているって言うべきかしら?――いると気がつきもせず無視されることに焦れたのか私達を不快そうに睨みつけて、
「デ」
完全に凍りついたの。
凍りついたって言っても比喩よ。それまでの余裕綽綽の態度が一転、中途半端に口を開けたまま動くことをやめたの。
「久しいなエルラーン」
デニムちゃんは……そんな様子を気にすることなく普通に話し始めたわ。
「最近中央に配置換えされたのだが。色々あってたまたまこちらに来ててな」
強くもなく、大きくもない声があんなに怖く感じるのはなぜかしらね?
「そしたらお前に会ったというわけだ、エルラーン」
友人との会話としてどこもおかしいところはないいんだけど。
「ところでエルラーン……一つ聞いていいだろうか。確かお前の任務地は、”魔僧院”だったはずだが何故こんなところに?」
「………………」
死霊魔術師は、デニムちゃんの質問に応えることなくただただ凍り付いていたわ。
私に語った話をしたら即デニムちゃんの説教だものそりゃあ応えられないわよ。私が代わりに応えてあげても良かったんだけど下手に口出しして巻き込まれても怖いから黙ってたわ。
「エルラーン?」
デニムちゃんは、優しげに語りかけながら静かにゆっくり一歩、哀れな死霊魔術師へ近づいたわ。
そして思いもよらぬところで会うから余計に困ります。