事態混乱
最大の原因は、状況を把握できないことです。
お助けください! 一生に一度のお願いです! ジフ様がっ!! ジフ様がっ!!
舞台の上、死体獣達に囲まれながら私は猫と猿の手を合わせ願う。肉球はやわらかい。
「モ~フッ! モ~フッ! モッフモフ! モ~フッ! モ~フッ! モッフモフ!」
ジフ様がなんか変です!! ジフ様! ジフ様が! ジフ様が『出世~!』とか『昇進~!』と叫びながら殴りかかってこられないのです!! いつものジフ様じゃないんです!!
私は、『モフモフ』謳い続けるジフ様を前にジフ様の僕として、ジフ様を救ってくださるようジフ様に縋る。
「シャシャ……シャ? ジャシャシャ……」【ついに狂っ……元々か? バカスアナ……】
ジフ様へ『ジフ様を助けてください』と願う私に相棒のコメディが首を振りながら呆れている。
【コォォォーーーーーーーーーメェェェーーーーーーーーーディッ!! なにしているんだぁぁぁ!! ジ、フ、さ、まが心配ではなあぁぁぁぁぁぁいのかぁっ!?】
ジフ様の異常とコメディの暢気な様子に声が荒くなり、勢いのままに叫ぶ。
「シュ!?」
私の剣幕に相棒は、ビックと一瞬だけ身を竦ませ……
「ジャー!」【知らんっ!】
………睨みつけ吼えてきた。
そしてそのまま素早くとぐろを巻き、さらに自らの周りに生えている死人の腕――水晶玉を持たせている腕だ――でその蛇体を隠す。何本もの人の腕が絡み、蕾のように重なり合い…………閉じた。
あ…………あ、れ?
左肩にできた人腕の蕾を見て半錯乱状態の頭蓋骨が冷えていく。
【コ、コメディ?】
……
呼びかけても肉の蕾は開かない。
【コメディにゃ~ん?】
…………
猫なで声でも肉の蕾は動かない。
【大賢蛇コメディ様~?】
………………
讃えても肉の蕾は閉じたまま……開かないし動かない。手を伸ばしてツンツンつついても無反応だ。
な、なんということだ……コ、コメディが……引きこもってしまった!! ど、どどど、怒鳴ったのがいけなかったか?!
更なる問題発生に、頭蓋の中を恐怖の未来像が駆け抜ける!
――モフモフの魔力に取り付かれ毎日モフモフに溺れるジフ様。
――モフモフ浸りなジフ様に慌て、縋るだけの私。
――そんな創造者と相棒の姿に拗ねるコメディ。
――そして離散し、崩壊していく家族達……
ああ! 待ってみんな……置いていかないで……
【それは何の芝居だね……オオナタ?】
妄想のジフ様とコメディに手を伸ばしていた私へ愚かな巨人ゼミノールが額朽ちた首を軋ませ話かける。
はっ! 今のは一体? おや、ゼミノールおはよう。
妄想世界から舞い戻った私は皺だらけの巨顔を見て安堵する。
【ゆ、夢か! そうだ! ジフ様がモフモフに溺れ、コメディが引き篭もり、皆がばらばらになるなんて現実に起こるはずがない!! 全ては夢! 夢オチだ!!】
掻いてない額の汗を『ふぅーーやれやれ』と拭う私は、
【君の主ならモフモフと謳っていて、コメディも引き篭もったままだぞ。現実を見たまえ……オオナタ】
潤いの無い冷たい声に凍りつく。
チラ……
「モ~フ~……モ~フ~」
「…………」
……『本当の悪夢は現実だ』とは先輩の人生訓だったろうか?
主訪ねて三千里、苦労の果てに辿り着いたそこでジフ様は変だし、コメディは拗ねるし……一体、私が何をしたというのだ!!
とりあえず怒ることで気分が落ち込むのを何とか回避する。本当は今すぐにでも毛布を被って夢の中に逃げたい……
しかし! しかし私は戦う! ジフ様、コメディ、死体獣達とともに過ごしたあの懐かしき日々を取り戻すために!!
「お客さまぁぁぁ~~~ん」
焔を背負い適当に燃える私に声が掛けられた。
ん? この穏やかだが若干ねっとりした喋り方には覚えがあるぞ。
「演技中に舞台に上がるのは、駄目よ~~~ん。言う事聞いてくれない悪い子は頭を八つに切り分けるわよ~~~ん」
そう言いながらどこからとも無く沸いて出たのは……
「あら~~~ん? あなたの頭蓋骨……どこかで見覚えがぁ~ん?」
桃色の道化服という異様な服装の――舞台の上ということを考えればこれほど相応しい服装は無いか? ――骨の死に損ない。
【アーネスト・エンド様?】
「オオナタちゃん?」
私と桃色道化師――アーネスト・エンド様は相手を指差しつつ同時にお互いの名を呼んだ。
逆に言えば、事情が分かってる方が居れば収まります。
という訳で比較的常識骨なあの方が再登場~