邪神と歩く街角
問題です。
邪神が街中に突然現れたらどうなるでしょう?
諸君、世の中には不思議なことがある。
「はい。すみません。妹がご迷惑を掛けてしまって」
……本当にある。
「奴が来たぞおおおおおおおおおっ!?」
「逃げーるーーーんーーーーだーーーーーよぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!」
「ママーーーーーー!! ママーーーーーー!!」
タイラントの街の中をゆっくりと歩きながら――『はい。危ないから飛ばないでくださいね』と注意されたのだ――人々(魔族含む)の悲鳴を伴奏に私は少し前を歩く人物を見つめる。
「は~い。将軍見習いになっても子供っぽさが抜けなくて。姉として厳しく訓練してきたんですが」
話しながら頬に手を当てる人間の若い女……に見える存在を。
エプロンに買い物籠という一見『どこの新妻?』な存在を。
言葉とは裏腹に嬉しそうに笑う可愛らしい存在を。
「はーーーい。食事がのどを通らなくなりそうです。」
……彼女の頬はふくよかで、普段から必要十分以上の食事を取っていると一目で分かる。さきほどもバリボリ『はい。捨てるのも勿体ですから』と言いつつ蟹を食べていた。
「ガ……ニィ」
手に提げている若奥様に持たせたい感じの買い物籠には、その食い残しが生きたまま入っている。
ここは首だけになってもまだ生きている食べ残しの生命力に驚嘆すべきだろうか? それとも楽になれない境遇に同情するべきか?
……まぁ、自業自得だしいいか。
「はい。あちらのお肉屋さんは、日が暮れると割引が始まるんです。だからついつい買いすぎちゃって……」
私は横道に逸れた思考を街を案内する女性に戻す。
街灯に照らされる朱の混じった髪も、質素ながら清潔な装いの服も、歩みとともにボヨンボヨン揺れる胸も全てが全て普通の人間のように見える綺麗な――私の基準でだが――ご婦人に。
……でだ。諸君、信じられるだろうか? この清純派風食いしん坊系美女があの蝿魔人クイッタだと。
「ジャシャー」【誰に話してる】
コメディ、人は動揺していると虚空に向かって語りかけるものなんだ。
コメディだって驚いただろう? あの不気味で残虐な悪魔がこんな若奥さんに化けて。
とてもあんなことをした残虐な人物には見えない。
「ガ……ニィ」
いや……現在進行形で見せられているけれど信じられない。
「はい? どうかされましたか?」
どうかされましたかじゃない! そんな太陽のような暖かい笑みを浮かべても籠の中身がいろいろ駄目にしてる。
ちなみにあんなこととは――私がタイラントに来るまでを経緯を聞きだすために蟹娘ヴァルキノス嬢を解体したことだ。
『はい。はい。迅速且つ簡潔に喋らないとおミソに直接聞きますよ?』『はーい。監視と偵察が仕事なのに倒そうとした? それはおしおきですね?』そう言いながらヴァルちゃん専用と彫られた蟹切バサミを使い調理していく様は、美味しそう……では無く! おぞましいの一言だった。
生きたままばらされた蟹娘は、白い身が膜のように広がり体液が……
ウゥッ!
思い出すだけでよだ……吐き気が。
【本当に血の繋がった姉妹なのかね? いや、例え繋がってなくても同族にする所業ではないな……クイッタ嬢】
私と同じくその所業を見ていた干し首ゼミノールが蝿魔人改め若奥さんなクイッタに問う。
「はい? ああ、そうですね。そう思われますよね。あまり似てませんが同じ親から生まれた実の妹ですよ。私達魔人は姉妹でも……親と子でも同じ魔が発現することは少ないですから」
いや、違うから! 似てないとも思ったけど。疑問に思ってるのはあなたの行いだから!
【魔が発現する? どういうことかね……クイッタ嬢】
「はい? どういうことも……そもそもあなたはどちら様で?」
喋る干し首ゼミノールの存在そのものに若奥さんが首を傾げる。
【私かね? 私は遥か南東の地、今はアンスターと呼ばれる場所において賢き巨人と……】
ここでゼミノール他、アンスターで私の体になった皆さんの自己紹介が行われた。勿論コメディも。
それを聞いたクイッタ婦人は……
「はいーーー!? 調停者ゼミノールに六魔大王のセイテン!! それに五大鳥神!! 古の大妖精!?」
なんか凄く驚いてる。どれぐらいかというと目玉が複眼になって飛び出るほど。元の顔がいいから少々の変化なら許せるが……正直気持ち悪い。
「はーーーいーーー……まさかご先祖様達が逝きているなんて」
【ご先祖様? 私達がご先祖様とは君達は一体……クイッタ嬢】
「はい。ご先祖様……」
彼女は軽く頭を下げながら言う。
「……私ども魔人は、アンスター王国と呼ばれる地より逃げ延びた魔族とその末裔にございます」
【【【【【【【【【ハ?】】】】】】】】】
ゼミノールに、セイテン、猫さんに、エルヴ、亀さん他、最近自己主張の薄い『呪われた遺物』の皆さんがここぞとばかりに声を上げた。
それ以上に危険な存在と一緒だからあまり関係ありません。
存在感を喰われてます。
……クイッタさんが強烈過ぎて大鉈が普通に感じる今日この頃。