最恐魔人、登場! ……再登場?
さぁ! 大鉈に立ちふさがる最恐の刺客の登場です!
「竜喰いマファットが来る」
うっとおしい蟲の羽音や遠距離からの魔術――全てが止んだ静寂の中、怯える竜は折れた翼を広げ飛び立とうと……逃げようとする。
「太子! 邪竜太子! 援軍が来るのに何チュー! いくらあなたでも敵前逃亡は……」
「敵前逃亡ではない! 味方から逃げるんだ! 周りを見ろ! 知ってる奴は皆逃げてる!」
竜――というか飛べずに這いずってるから蜥蜴でいいや――を止める三つ首鼠に蜥蜴が叫ぶ。
「ギチギチ! ギチギチギチ!! ギッチー!」
「逃げるべ! 逃げるべ! 悪食が来るべ! 悪食が来るべ! 丸齧りは嫌や!」
蜥蜴の言葉通り蟲も鬼も泣き叫びながら私から、戦場から離れていく。
鬼はともかく、仲間が何百と潰されても襲い掛かってきた蟲が逃げるって……マファットって何者?
「これは一体……竜喰いマファット、な、何者なんでチュー」
「そのままだ! 竜を食べる魔人だ! 竜以外にも鬼、人間、魔人……とにかく目に入った生き物は全て食べようとする化け物だ! 通った後には、請求書と始末書の山しか残らない魔人軍団最恐の存在だ!」
血走った眼で叫ぶ蜥蜴は、鼠を押しのけ蟲の残骸を踏み潰しその場を離れようとした。
「……思い出したチュー。開戦時にスチナ魔術騎士団と邪竜軍団の精鋭、両方を食い殺した魔人がいると…………しかし、それが問題とされ封印されたと聞いた覚えもするチュー」
「封印ではない、左遷だ。後方の支援部隊に左遷されたのだ。いくら味方殺しとはいえ戦の最中、多少……多大な問題があっても強力な魔人を失うわけにはいけないとの魔王陛下の采配だ。だが戦が終われば必ず責任追及をしてくれる……はずだ。たぶん父上が。分かったら奴が来る前に早く……」
蜥蜴のヘタレ風味漂う愚痴が続く。
どうでもいいが誰か止めろ。竜への幻想がガラガラ崩れている。
そんな私の思いを感じ取ったのか、鼠が三つの首を震わせながらおずおずと蜥蜴に話しかけた。
「……太子……非常に言いにくいことがあるチュー」
「なんだ」
「もう来たみたいチュー」
鼠の言葉とともに私がいる場所……すなわち転移のための陣が輝いた。そしてその中に一つの人影が滲み出るように現れる。
「クル! クル! クルッ!! オネイチャンガクル!! イヤダァァァァッァ!! タベラレタクナイィィィィィッ!!」
直ぐ傍で足掻いているのはヴァルキノス嬢だ。
いや、あんさん……姉に食べられるって……どんな姉妹関係ですか。
【気をつけたまえ。凄まじいまでの精気を感じる……オオナタ】
蟹娘の様子に呆れる私に朽ちた巨人ゼミノールが忠告してきた。
たしかに輝く文様の中でうごめく影からは、それなりの圧力が感じられた。あの勇者ほどではないが先ほどまで相手をしていた有象無象とは格が違う。
ふっふっふっ……つまりこいつを倒せばジフ様への道を邪魔するものはもういないということだ。
なにせ蜥蜴と鼠、そして蟹娘を除いて他の魔族は全員逃げている。
残っているのは私が殺した蟲の残骸ぐらい。
しかし蟲の魂は、あまり美味しくなかったな……魔人とやらは美味しい魂なのだろうか? 蜥蜴――竜の魂も後で食べておこうかな?
ビュボ!
私が魂の味について考えているうちに転移が終了したようだ。光が収まり魔人、悪食魔人と味方にさえ恐れられる化け物が……人と蝿を組み合わせ醜悪に肥大化させたおぞましい姿の魔人が。
「は~い。魔王様の命でやってまいりました! クイッタ・マファットと申します。ようこそタイラントへ。歓迎いたします」
姿勢を正し丁寧に挨拶してきた。ゆったりとした動作は気品があり、やっているのが魔人で、場所が戦場でなければさぞかし絵になっただろう。
【これはご丁寧にどうも。ジフ様に会うために来た。大鉈と申します】
予想外な態度に驚きつつも行儀正しく返事をする。目的と名前も忘れず伝える。我ながら隙が無い。完璧だ。
「はい? 南の魔王様は……オオナタ様はジフサマ大サーカスを見にいらしたんですか?」
おお! なんかまともに話を聞いてくれそうな人――魔人だけど――にやっと出会え……はて?
そこで再度、蝿魔人を確認した私は気づく。
この蝿さん、どこかで会ったような気がする。
「はい。どうかされましたかオオナタ様」
そう、この最初に『はい』という特徴的な喋り方。
ブヨブヨの体、赤い複眼……エプロンとナイフはないが間違いない!
【金貨欲しさに人間に召喚され、デニム様に半日ぐらい説教された魔人さん】
グシャ!
魔人軍団最恐の魔人は、最近できた嫌な記憶を掘り起こされ大地に頭から突っ込んだ。
再生怪人……もとい、再登場魔人が弱いのは様式美です。