正当攻撃
正当防衛ではありません。
最初に刃を振るったのは誰だったろう? ……どうも記憶が曖昧だ。
「たかが死に損ないがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっボエ??」
風を切り裂き飛んでくる鼬を大鉈不幸拳で撃墜しながら考える。
蟹娘が、ヴァルキノス嬢が何か喚いたところまでは覚えているのだが。
「我ら鉄鬼隊のぉアベベべべベベベベベベベベベベベベベベベ??」
金棒を振り翳した鬼の集団へ雷を落として再び考える。
なんで私は味方のはずの魔族に襲われている?
「その首もらったぁ! これでワテも将ギョヘ!?」
背後から不意打ちしようとしてた何者かが、たぶん『呪われた遺物』の過激な誰かにやられる。
まぁ、私の一部なんだけど。おっと、それよりこの状況をどうにかしないといつまで経ってもジフ様のところへ辿り着けない。
「糞! 誰か何とかしてくれぇ!! このままではタイラントの街がっ!!」
乱立する竜巻に叩き落された竜が叫ぶ。
それにしてもまるっきし悪役のような扱いだ。私が一体何をした。
「邪竜太子までやられたかチュー……王達をっ、王達を呼べチュー! 私達だけではどうにもならんチュー!」
三つ首の鼠が折れた突剣を投げ捨てながら援軍を求める。
襲い掛かってきたから返り討ちにしただけではないか……正当防衛というやつだ。
「これは夢にぃ……ワタシは今も暖かい布団に包まれて眠ってるにぃ……でないとお姉ちゃんに殺されるにぃ」
傍らで両手両足をもがれたヴァルキノス嬢が虚ろに呟いている。
おお、なんと残酷な! 誰がこんな惨いことを!?
「シャー」【バカスアナ】【君だろ……オオナタ】【派手な暴れっぷりだったニャー】【不意打ち上等!】
全身――私を形作る魔族の亡骸達――から突っ込まれた。
あれ? そうだったけ?
燃え上がる天幕、倒れた物見やぐら、大地を埋め尽くすように倒れる魔族達の中心で、私はカクンっと、首を傾げた。
先ほどまでは立派な陣があったのに。
私の意識がない間に、魔王軍は謎の大被害を受けていた……思い出そうとすると頭痛が起こるということにしてこの件は深く考えないようにしよう。
それより魔王軍も無謀な突撃は止め、タイラントを守る位置に移動し始めている……ここら辺りでもう一度話し合いを。
「コッケーーー!!」
私が狂気から正気に戻り始めているとニワちゃんが街の方から飛んできた。いつの間にかどこかに行っていたのだ。
【どこへ行ってた? 心配したよ】
私の頭上に留まった魂喰鶏は案ずる言葉に対して物で応えた。
それは嘴に引っかかる……紙?
【ふむ? なになに?】
私は首周りに生えている腕を使いその紙を目の前に持ってくる。
『ジフサマ大サーカス最終公演! モフモフダンスに! 棺の道化! これで見納め! 見なきゃ損!! 損!!』
原色の派手な文字に、踊る動物、王冠を戴く棺の髑髏……それは戦の場にそぐわない夢と笑いを与える祭典。サーカスを宣伝するためのものだった。
宣伝に紙を使うなんて、豪勢な……は、て?
高価な紙を呼び込みに使う非常識に驚いていた私は、もう一度よく宣伝紙を読む。
『ジフサマ大サーカス』の文字、そして王冠を頭に載せた骸骨……棺を被った骸骨をっ!!
この瞬間、味方の魔王軍を壊滅させたことも、足元でうめく幼女(現在蟹)のことも、こっそり蜥蜴蠍から取り戻した兎娘のことも全てが吹っ飛んだ。
それは何故か?
賢明なものなら誰でもわかるだろう私が追い求めた存在が、主が、ジフ様が、姿絵とはいえ我が手の中にあるのだ!! 額縁! 額縁はどこだ!! 丁寧かつ大胆に保管して毎日、寝る前に眺めるのだ!!
【それより最終公演なのだから早く行かなくていいのかね……オオナタ】
はっ!
転がっている魔族に額縁屋の場所を問いただそうとした私は、調停者ゼミノールの指摘に我に返る。
そして……
【全軍突撃! 目標はタイラント!! 神に会っては、神を殺し!! 魔王に会っては、魔王を殺す!! 私の勝敗この一戦にあり!! 粉骨砕骨の思いで挑め!!】
正気な狂気でたった一人の前進が開始された。
「これ以上は進ませんぞ!!」「陛下の息抜きの邪魔はさせん!!」「……腕が鳴る」「ガルグル」
未だ闘志を失わない修羅の軍勢に向かって。
【消えろ】
最期の忠告とともに……
ジフ様のためですから、大鉈の中では正当な攻撃です。
ちなみに前半の戦闘は、過剰防衛といいます。