終わりの音
誤解はできるだけ早くといたほうがいいです。
これは少し拙いか……?
「どこの軍のもんや?」「ケロケロモヘピロ」「気絶してるニーナタン……ハァ、ハァ」
あの世に逝っても会えないような怪物妖獣百鬼魔鳥の大群に囲まれた私は、呆然から一転焦燥を覚える。
これ以上面倒事が起こったらジフ様の公演に間に合わなくなるかも知れない!
【先に身の危険を感じるべきではないかね……オオナタ】
何を言うのだゼミノール。私よりジフ様の公演の方が重要に決まっているだろう!?
「シャシャージャ」【言うだけ無駄】
そんな賢蛇の疲れた声を遮り――こちらは元気溌剌な爆声――私を包囲する魔王軍の一人、いや、一体の魔族が吼える。
「俺のニーナタンを放さんかぁぁぁぁぁぁい!!」
兎娘――ニーナタンと言うらしい――を抱きかかえる私に向かって進み出るのは濁った赤の甲殻を纏った蜥蜴だ。
直立してるから蜥蜴人かも。
それより『ニーナタンを放せ』か……もう少しモフモフを味わいたいがここはさっさと放した方がいいな。
「サソーリ!! さっさと放さんと俺のこの絶死の針が針を吹く、へ?」
蜥蜴の癖に針のついた尻尾を振り上げる魔族は、間抜けな声を上げ自分の目の前に差し出されたそれに驚く。骨折の思いで私が差し出した兎娘に。
少々惜しいがこれだけの数を相手に戦ったらどれだけ時間が必要になることか……私はジフ様の為ならモフモフさえ我慢できるのだ。お褒めくださいジフ様!
「あ……ニーナタン! 大丈夫かっ!! ニーナタン!!」
針蜥蜴は驚きから立ち直るとすかさず意識の無い兎娘を抱きかかえ後退する。その姿を見て気がついたのだがどうやら鎧の様に見えた甲殻は自前のようだ。感情に合わせて変色するのか鮮やかな赤に染まっている。
ついでに片手も鋏だし……蟹蝙蝠ヴァルキノス嬢と同じような異なる種が混ざり合ったような感じだ。
【蜥蜴人と……あれは蝗蠍の尾か? 合成獣にしては術の跡が見られないし……そういう種族なのか? しかしこんな種族聞いたことさえ……】
【古妖精の御主が知らん一族がいるとはな?】
【人ノ臭イモシタゾ】
私の体である『呪われた遺物』達も不思議そうにしている。
ヴァルキノス嬢は、魔人とか言ってたが…………別にいっか。
考えることが億劫になった私は、周囲の様子を確認する。
「なんだ? 敵じゃないのか?」「リーザピオンの坊主にびびったんだろ」「坊主呼ばわりはひどいだろう……あれでも一応、魔人軍団の幹部だぞ」
六本腕の鬼に山羊の頭をした半裸の男、八本の尻尾を逆立ててた白狐……私を包囲してた魔族達から敵意が徐々に薄れていく。
なんか馬鹿にされていたようだがジフ様に会えるなら少々のことには眼窩を瞑る。
私は、注意の綻んだ群れの中からタイラントの街へいけそうな隙間を目指しゆっくりと体を動かした。
「何してるにぃぃぃ! そいつが南の魔王にぃ! 魔王様を狙ってやってきたんだにぃ!!」
余計なツッコミが入るまでは。
【なぁっ!?】
声のした方を振り向くとそこにズタボロになったヴァルキノス嬢が黒い瞳に憎悪を燃やし私を睨み付けていた。
「ありゃ……魔人軍団の三等将軍じゃねいか」
「南の魔王!? あっ! 水晶玉で見たのと似てやがる!!」
「陛下を狙ってるだって!! かち込みか!!」
「業が視える。何千、何万では足りない……万の万倍の業が渦巻いておる。本物の怪物じゃ」
あ、あああの蟹娘ぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇぇぇ!!
一旦治まった殺気が再び高まる。赤に、黄、緑に、黒……立ち昇る魔族達の精気が交じり合い虹色の檻を編み出す。
ちっ! 誤解だと何度も言って……ないか。それにしても勘違いだけで私の足をここまで引っ張るとは! あの蟹ぃぃぃ!!
「シャー」【やっぱり】
左肩でコメディが空に向かって嘆いている。
コメディ、なんなのだ。どうせこうなるだろうと分かっていたけど。改めて現実になるとどうしても悲しくなってしまうと言いたげな態度は。
【向かってくる以上は、倒さねばなるまい。気をつけたまえ……同志達】
【獲物と狩人の見分けがつかないとは……】
【……手加減できる数ではないしの】
【眠いにゃ~~~】
【ニク! ニク! ニク!】
ゼミノール以下の魔族の亡骸達は殺意に対し殺意で返すようだ
魔術に似て非なる技が解き放たれる時を待つ。
いくつもの腕が得物を構え。
牙と爪が鋭さを増す。
その殺意に異形の軍隊も殺意で返す。
古の魔族も再び殺意で返す。
魔王の軍勢は再度……
遺物はまたもや……
螺旋のように絡み合い、星界への塔のように高くなる破滅への光に私は頭蓋骨を押さえた。
……面倒事にならないようにモフモフも渡し、こっそり離れようとしたのに何故こうなる?
「早く倒すにぃぃぃぃぃぃ!! お姉ちゃんが気がつく前にさっさと皆でぼこるにぃ!!」
プチッ♪
蟹娘の叫びに私の中で何かが切れた。
時間が経てば経つほど両者にとって不幸ですから。
……結局暴走させます。