魔人!? 囲います。
可愛い女の子が登場します。
蟹娘ではないですよ。
そして囲われるのは……
深く暗い沼の中から這い出るような感触に私は転移の終わりを知った。
それは私が待ち望んだ瞬間……ジフ様との再会を意味した。
【ジッフざまあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!】
暗き夜闇の中、篝火に照らされた巨人より大きく竜より禍々しい死の塊が吼える! 吠える! 咆える!!
【ジフさまああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!】
自らの存在を伝えるために。創造した主に伝えるために。あなたの大鉈が帰ってきたと……
【ジーフーさーまあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!】
しかし、返ってきたのはジフ様の労いの言葉でもなく感動の悲鳴でもなかった。
「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああ」
女の、それもかなり若い女の……怯えた声。
はて?
そこで少しだけ正気の世界に戻ってきた私は、やっと自分いる場所と、いうか周囲と、いうか状況に目を向けた
まず正面。
「あ、あああ、ああああああああ、あああああ」
先ほどから『ああああああ』と言い続けている張本人。
光源が揺らめく炎しかないため、はっきりとは見えないが……人間の女ぽい。
『殺せ』と、船長ガデム様が叫んでいるが先ほどのヴァルキノス嬢の件があるので保留……折角、ジフ様に会えるというのに面倒事は避けたい。
次に左右。
「なんだありゃぁ?」
「どこの馬鹿だ! 連絡も無く本陣に転移しやがったのは!」
「精気が青いぞ。死霊軍団の残党か?」
私を指差したりしながら首をかしげたり怒鳴ったりしている翼を持つ蜥蜴や角のある獣。
……もしかしたら竜とか鬼だろうか?
彼らの背後には天幕や物見櫓らしきものがあったり……街というよりまるで野営地、それも戦の準備をする軍の陣地のような場所だ。
詳しく確認したいが篝火で中途半端に明るいせいか暗闇より見えづらい。
【ここ本当にタイラント?】
私を転移させた者――愚かな巨人ゼミノールに確認するが。
「な、な、なんんでっ! なんでよりにぃよって魔王様の本陣に転移するにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
巨人が応える前に右手で拘束している蟹蝙蝠ヴァルキノス嬢が大声で教えてくれた。
魔王様の本陣……魔王はタイラントにいるとか言ってたから、タイラントではあるのだな。よしっ!
私は首を巡らして、より広い範囲を見渡す。
天幕の群れの中にぼんやりとだが街の建物らしきものが見える。
あそこがタイラントか?
それなりに大きい街なのだろう、低いが街壁がある。もっとも周囲を埋め尽くす――恐らくは――魔王軍の陣地があまりに大規模なのであまり凄いとは感じないが。
まぁ、なんだ。転移した先がジフ様の居場所から少しずれていたということだ。それでも国境からここまで一瞬で移動できたのは大きい。この距離なら十分今日中にタイラントへ突入できる。
善は急げ。髑髏に笑みを浮かべながらタイラントの街へ向かって移動を開始しようとした。
「ああああああののののののっ」
が、邪魔が入った。正確には風を起こすと拙いことになりそうな存在がいた。
延々と『ああああ』言い続けていた女性……仮称『ああああ』さんが赤い瞳をまんまるにしながら私を通せんぼしているのだ。
赤い瞳? ふむ?
改めてその姿を見ると人間ではないことが分かる。
潤んだ紅玉の瞳、頭から縦に伸びる二つ白耳、綿毛みたいなフワフワで丸い尻尾、ついでに胸元と腰がきわどい黒い服、網タイツに包まれた足も素晴らしい。
うむ! どこからどう見てもバニーちゃんだ。
ピコフル!
耳の揺れからして天然もの……つけ耳なんて生易しいものではない。私には分かる……死体兎達により鍛えられた私の心眼には、この涙目兎な御嬢さんがホンモノだと!!
「あああのののっ……あああなあぁたぁぁさ、さまままは……」
……何をそんなに怯えているのだろうか?
私は足元で顔を真っ青にしている御嬢さんを安心させようと手を伸ばし……蟹が手をふさいでる。
ポイッ♪
「カ、カニィィィィィィィィィィ!!」
さて、邪魔な蟹蝙蝠は捨てた。思う存分、兎な御嬢さんを愛で……いや、慰めよう。
「コッケー?」
肩に止まっているニワちゃんが『ジフ様は?』と言いたそうに鳴く。
……これはジフ様の元へいくため、障害を穏便に排除しようとしているんだ。最近不足気味のモフモフ成分を補給しようとしている訳ではない。
ゆっく~りと不幸を招く猿の手が伸びていく……
「ぴょっ!?」
兎娘はただその死を見つめ……
【大丈夫……痛くしないからね】
魂に直に流れ込む声に……
「ピッ……」
気絶した。
ありゃ?
私は大地にぶつかる前に慌てて掬い上げる。
あ、危ない……!
急に倒れてどうしたのだ。体調が悪かったのだろうか?
夜だから熱中症ではないだろうし……何にしろ頭を打たなくて良かった。頭はやばい。本当にやばい。重くて体で一番高いところにあるから自然と勢いがつく。立ったまま意識を無くし倒れるとそれだけで致命傷になる場合もあるのだ。
そんな風に私が兎少女を助けることができ安堵していると。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ! ニーナタンに何をしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怒鳴られた。
な、なんだ?
そこで気がつく。
前後左右空の全てを、獣のような鳥、鳥のような竜、竜のような人、人のような鬼、鬼のような獣……千差万別無数無限の魔が取り囲んでることに。
おや……完全包囲? いつの間に。
「ジャシャー」【バカスアナ】
眼窩を点にする私に相棒がツッコンだ。
当然大鉈です。
大鉈に兎娘を囲う甲斐性はありません。