邪神! 到着です。
大鉈の望みがもう直ぐ叶う……といいですね。
【ここがいい。止まってくれ……同志】
愚かな巨人ゼミノールが言うと私を宙に舞わせていた風が止んだ。
【太い地脈、速くとも乱れが少ない流れ。これならば大地に呑まれることなく潜れるだろう……コメディ、オオナタ】
転移の魔術が使える――厳密には違う術らしいが――ことをゼミノールが思い出したため、私達は蟹蝙蝠ヴァルキノス嬢への脅迫……もとい『お話』を中断し”転移に適した場所”を探し始めた。
そして幸いにもその”転移に適した場所”は、さほど時間をかけずに見つかった。焼け野原の中に石が円状に配された場所がありそこが目的の場所だったのだ。
「てっ! ワタシが作った転移陣じゃないかにぃぃぃ!?」
右手に捕らえている魔人のヴァルキノス嬢が騒がしい。まだジフ様のことを話してくれないので一緒に連れてきたのだ。
転移でタイラントまで行くことを知ると『や、止めるにぃ! 放すにぃ! 姉ちゃんに殺されるにぃ!!』と、暴れ始めたので少々本気で握り締めている。
【それでは早速潜るとしようか……大地に流れる魂よ! 我らを遥かな地に……】
「止めるにぃ! ……そうにぃ! 今、タイラントには魔王様と幹部達が揃ってるにぃ。お前なんかが行ったら、あっと言う間にぃ袋叩きにぃ!! 命が惜しかったらタイラントにはいくにぃ!!」
ゼミノールを中心に青い光が闇を照らす。
その姿にヴァルキノス嬢が泡を飛ばすが……
【……導かん!!】
巨人の独り言が終わるとともに石の円環が光の柱となり異形の邪神を呑み込んでいく。
転移の始まりだ。ゆっくり視界が青から黒に塗りつぶされていく。
「放すにぃぃぃぃぃぃ! ワタシを巻き込むにぃぃぃぃぃぃ! お姉ちゃんに叱られる!! 殺されるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーー!!」
蟹娘は鋏を出鱈目に振り回し叫び。
【ジフ様】
骸骨は、ジフ様との再会に胸躍らせ。
「……シャー」【……ジフか】
賢蛇は、何故か頭を垂れ。
「コッケーーーーーーーー」
最後にニワちゃんが鳴いた。
そして……蒼き光の柱は消え、星と月が佇む夜が戻った。
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その日、タリア王国北部有数の都市タイラントは、異様な空気に包まれていた。
いや、異様と言うならば一月前からか。それとも三年前からか……魔王軍進行の際、魔王軍最強を誇る魔人軍団によってたった半日で陥落したこの都市は魔族の跋扈する魔都となっていたのだから。
人と魔が混ざり合う街に更なる変化が訪れたのは、先月冒頭に始まった魔王軍に対する人類の一大反抗戦が原因だった。魔王軍の侵攻に対しタリア王国の降伏、スチナ王国の滅亡と敗北を重ねた人類は三年の雌伏へて逆襲を開始した。
大陸で最も信仰されている宗教、聖一教による魔族への殲滅宣言。
空飛ぶ聖一教総本山”聖都”による天雷の裁き。
神話に語られる天使の降臨。
勇者達の死霊王討伐。
伝聞として広がる知らせにタイラントの人々は、魔族からの解放を期待した。魔族……特に魔人の人間への扱いは非道なものではなかったが、やはり武力により侵略された以上遺恨はある。
ましてや隣国スチナでは、生きとし生けるもの全てが殺され、死に損ないにされているのだ。安穏としている理由は無い。
しかし、その期待は半月と経たず裏切られた。
大陸南東の雄、アンスターの滅亡。
聖都と天使の撃墜。
勇者の失踪。
そして、それらの元凶とされる存在の出現。
あまりの凶報に人間達は……いいや、人間どころか魔族も、魔王さえも驚愕した。
『何起こってんねん!?』と。
これから大陸の、人類の、魔族の未来を賭けた決戦が……というところで突然その片方が横合いから乱入した謎の存在に殴り倒されたのだ。驚かないほうがどうかしている。
謎の存在の正体についても新たな魔王、太古の邪神、馬鹿な骸骨など流言飛語が交錯した。
魔王はこの緊急事態に、人類との決戦のために準備していた軍の集結を早め、自らも魔王軍の幹部達と対策を練るために連日会議に臨んでいた。
そう……現在、このタイラントにはその魔王軍の主力と魔王、そして各軍団の長が集っているのだ。
そしてそこに最後の客がやってくる。
【ジーフーさーまーーー!!】
最狂の骨が……
到着しました。望みどおり。
……アポを入れずに行くとどうなるかは次の話で。