魔術? 使えます。
今更ながら魔術の説明。
「ふざけるにぃ! 誰がお前なんかを連れて行くかにぃぃぃ!! お前はここで塵になるにぃぃぃ!!」
全身の甲羅を赤く染めて蟹蝙蝠ヴァルキノス嬢は鋏を振り上げる。その姿はまさに蟹そのものだ。
以上が……『タイラントまで転移で連れて行って』という私の御願いに対する、幼女魔人の反応である。。
正直、『はい』の返事は期待していなかったが、ここまではっきり断られるとは。やはり第一印象が少し悪すぎたか?
いきなり叩き潰そうとしたのは、人間と間違えたからであって誤解なのだが……もしかしてその後の拷問(?)も拙かっただろうか?
蟹蝙蝠の魔人――ヴァルキノス嬢が転移を使えると知った私は、大鉈不幸拳の連打を止めて再度『お話』による交渉を望んだ。
それは何故か? 答えは簡単。転移を使えば一瞬でジフ様の居られるタイラントという街に辿り着けるからだ。
もう既に太陽が地平線に沈もうとしている。風の速さで飛んでも今日中にここ――スチナとタリアの国境からタリア北部まで着くことは、恐らく出来ない。もしかした出来るかもしれないけど目の前に便利な魔術を使える者がいるのだ。頼んでみて損は無い。
……結局断られたけど。
「お前なんかを魔王様のいる場所へ行かせるかにぃぃぃぃぃぃィィィィッ!!」
というかより怒らせた。
しかし困った。情報を聞き出すだけなら手足をもごうが、体を串刺しにしよう、炙って食べようが喋れれば問題はない。
だが魔術を使わせるとなると少々話が変わる。
船長ガデム様に教えていただいたのだが、魔術を使うにはシュウチュウとソウゾウが必要らしい。そしてそのシュウチュウとソウゾウは、痛みや驚きで妨害されるそうなのだ。
今までは魔術師は、見つけ次第最優先で殺していたからあまり気にしなかった教えだが……
「ギェェェーーーーーー!!」
私は威嚇してくる赤い魔人に眼窩を向ける。
相手に怪我をさせない拷問ってなんかあったけ……? 爪の間に針……そもそも爪がない。傷口に塩……傷をつけたら駄目。木馬責め……三角木馬がない。亀甲縛りに蝋燭……同じく道具がない。
【あ~少しいいかね……オオナタ】
知りうる限りの拷問方法を思い浮かべていると朽ちた巨人ゼミノールが声を掛けてきた。
なんだ? 拷問は良くないとかまた暢気な意見でも言いたいのか。
私は無視して拷問方法の検討に……
【その転移という術……恐らく私も使えるのだが……オオナタ】
【……はい?】
「……にぃ?」
「……シャシャ?」【……なんと?】
「コッケー?」
愚かな巨人の思いがけない一言に私も、魔人も、ニワちゃんも、コメディさえも唖然とした様子でただただその朽ちた顔を見つめた。
【離れた地に瞬く間に跳ぶ術……私は地脈潜りと呼んでいるが恐らくそれのことではないか……コメディ】
「……シャシャジャ、シャー?」【……それより魔術を、使えるのか?】
なんか難しい言葉を羅列する巨人の干し首に、私達を代表して賢蛇が重要なツッコミをする。
そう、『ゼミノール、あんた魔術使えんのか?』と。
問われた方は、皺皺の顔に笑みを浮かべ応える。
【勿論使えるとも。そもそも人間の魔術は、私達……人間達が魔族と一纏めに呼ぶ数多の一族の技を盗み模倣したものだ。魔族の術だから魔術と、名前からしてそうだろう……コメディ?】
【はぁ……】
コメディへの言葉だが、私も曖昧に頷いておく。
【私達の術は、それぞれの一族で得意なものがあったり逆にまったく使えなかったり、魔術と異なるところも多いが……】
そこで言葉を区切ったゼミノールは焼け野原……いいや、大地を眺める。
【ここは大きな地脈が北北西に伸びている。これを辿れば、タイラントだったか? 君の望む場所に跳べるだろう……オオナタ】
本当に! それは嬉しい! それは純粋に嬉しいのだが……なんか、こう、もやっとした感じがする。
「ジャシャジャジャ-シャシャッシャ?」【なぜ跳べることを今まで言わなかった?】
そうそれだ! こんなギリギリに言わなくても、もっと早く言ってくれれば。
【……私が死者となって数百の年月が流れた。後悔と憎悪を糧に魂をこの世に繋ぎ止め、同志達と交わすのは狩りを渇望する言葉のみ。生を過ごした懐かしき時の仔細は薄れ……思い出したくともその思い出の有無さえ忘却の彼方へ旅立ったのだ……コメディ】
ふむふむ…………つまりどういうこと?
詩のように難解なゼミノールの答えに私は頭蓋骨を傾げる。
「シャシャシャシャ」【つまり忘れていたと】
なるほど。コメディ、要約ありが、と、う……って! おい!
【……時は全てを押し流してしまうのだよ……コメディ、オオナタ】
愚かな巨人は、闇を照らし始めた銀月を眺めながら寂しそうにそう零した。
人間が使うのに魔術と呼ぶのっておかしくないかな~と思いまして。
適当に理由付けを。
次は魔人とか魔族の説明が必要になる泥沼ですが……




