何よりも大切なもの
これがないと話になりません。
「丁度いい。挨拶が終わったところだし、実戦形式の教育をしてやろう」
船長ガデム様は、そう言うと眼窩の水晶玉を取り出した……口から手を入れて取り出すのは気持ち悪い。それに先ほどまでの暴力が挨拶?
「見習い、この水晶玉に集中しろ」
船長ガデム様が、手に掴んだまま水晶玉を私達にかざす。水晶玉に意識を向けると海を進む帆船が見えてくる。その帆船は、船首から船尾まで三角形の帆をいくつも広げており、船首には激しい波ができている。
「低い舷側に細長い船体、そして不釣合いな大量の帆……高速輸送船だな」
船長ガデム様は、呟いた後、私達に問う。
「さて見習い。これからこの帆船を襲うとして何が必要だ? それは死に損ないに関係なく全ての戦いに必要なものだ。一人ずつ答えろ」
「シャ」【兎】
「違う! 喰うのか!?」
問いに素早く答えた蛇骨兵に船長ガデム様が突っ込む。
「シャ」【栗鼠】
「違う! 癒されたいのか?」
「シャ」【餌】
「いい加減にしろ! 私達に食事は必要ない!」
「シャ」【仲間】
「違う! それも必要だが必須ではない」
「シャ」【船】
「違う! おまえが乗っているのは何だ!?」
蛇骨兵達の的外れな回答に船長ガデム様は、テンポよく突っ込んでいく。
観客もいないのに何をしているのか? しょせんは、蛇頭だな。
私の番が回ってきたので、自信満々に正解を伝える。
【武器】
「違う!」
あれ? 武器じゃないのか!? 絶対必要なのに?
「シャー」【情報】
「違っ……わない。正解だ」
コメディの回答に、船長ガデム様が言った。
「情報! これがないと話が始まらない。武器持った兵隊を並べて、突撃とか言う奴は、ド素人だ! そんなこと言う奴は、死に損ないどころか死そのものだ。しかも敵じゃなくて味方にとっての死だ!」
船長ガデム様の長話が続く。情報って具体的にどのような?
「見習い!また精気が漏れているぞ! しかしいい質問だ。情報とは、誰が味方で誰が敵かに始まり、何をなせば勝利なのかまで、戦いの全てと言っていい。
今回ならば、味方は幽霊船と私、そしてマダム・ケルゲレン。ついでに見習いのおまえ達だ。
敵は、高速輸送船一隻、所属は……星に六角形の軍旗から南部王国連合随一の強国アンスターと考えられる。
乗員は、人間が六十人前後で現在、重要人物か貴重品を魔王軍占領下の北東半島に送ったか回収したかの帰り。
さらに言うと神官や魔術師など強力な戦力を乗せてはいない」
【あの~船長ガデム様。何でそこまで分かるんですか?】
いきなり帆船について、訳の分からないことを言い始めたので突っ込んでみる。
「それが情報だ!船体と帆の形状から高速輸送船と分かる。
高速輸送艦は、貴重品や重要人物を迅速に運ぶために使われる。船体は小さく乗員は少ない。アンスターは、人間至上主義国家だから人間しか水兵になれない。東海に面していて転移魔法で行けないのは、死霊王様のいる”絶望の岬”がある北東半島だけだ。
最後にこの高速輸送船は、北から南に海岸線に沿って移動している。南、つまり人間の勢力下の南東半島に戻っている。座礁の危険を冒して海岸線に沿って航行しているのは、海の魔物に襲われても反撃できないし、神官の奇跡で嵐を逸らしたりできないからだ。」
……船長ガデム様、話が難しすぎて良く分かりません。
「次に、何を勝利条件とするかだ! 敵の殲滅や拠点の占領、そして貴重品や重要人物の確保などがある。おまえ達のことも考えて……」
私達のことも考えて?
「……とびきり難しい条件にしてやろう」
ジフ様、やはりここは地獄です。
手に入れても活用できるかは別問題です。