魔王? 誤解です。
誤解は視点の違い。相互理解の不足などから起こります。
「ギェっ!?」
ジフ様の情報を賭けた戦い……その決着は一瞬でついた。
私の繰り出した四十八の必殺技の一つ、大鉈不幸拳を真正面から受け蟹蝙蝠――ヴァキノス嬢があっさりと墜落したのだ。
一応、解説しよう。大鉈不幸拳とは私の右腕、猿魔大王の腕が持つ不幸を与える力を極限まで高め放つ技である。その状態で中指を内側に丸め、親指で抑える。そして中指に指を伸ばそうとする力を入れ、親指を離す。すると張り詰めた中指は親指を離れ森羅万象を捻じ曲げ必ず敵の急所に命中するのだ。
なお、『アタタタタタタタタタッ』と声を上げながらやると爽快感が増す。
「ゴッヘ……ギュェ! ゴバゴホ!」
しかし弱いぞ、蟹蝙蝠! 新規投入の魔人なら苦戦させるぐらいしないと。必殺技とはいえ指先一つで倒れるとは……泡まで吹いる。
「ギェェェッ……カニィ……さ、流石に南の、魔王と呼ばれるこ、ことはあるようだにぃー」
あっ、復活した。
両手の鋏を地につけ、翼を震わせながらも黒真珠のような眼で私を睨み付けてくる。
「し、かし本気のワギャグェ!」
なんか無駄に話が長くなりそうだから先手を打ってもう一回デコピンを……いや、大鉈不幸拳を叩き込んでおく。
首がもげそうなぐらい仰け反っているが、結構頑丈のようだし大丈夫だろう。
【少々やり過ぎではないかな? 話ぐらい最後まで聞いてもいいのではないのかね……オオナタ】
問答無用な私の行いを朽ちた巨人ゼミノールが責める。
【ジフ様のこと聞き出すのが優先】
無論、そんな言葉に耳を傾けたりしない。……そもそも耳なんて無いし。骨だし。
「シャジャ。シャ」【やり過ぎ。死ぬぞ】
おおお! 先ほどから微妙に機嫌が悪かったコメディが話しかけてきてくれた! えっと? やり過ぎは良くない! 分かった!!
【……】
背中にゼミノールの視線を感じる……無視しよう。視線だけに。
「な、なんで指の一撃がこ、こ、んなに……」
そんな私の目の前で幸運にも連続デコピンを逃れた蟹蝙蝠が立ち上がろうとし。
ポテ!
こけた。
「ワ、ワタシは、魔人軍団、将軍! 見習いだけど将……」
ポト!
またこけた。
「こいつを倒して……モフモフダンスを……」
ポテト!
またまたこけた。
う~む。変身前の美幼女姿だったら絵になるのだが……蟹と蝙蝠を足して割ったような怪物がやっていてもなんの感慨も覚えないな。
「シャ、シャシャシャー?」【小娘、南の魔王とはなんだ?】
珍妙蟹踊り魔人に蛇骨の賢者が問う。だがそれは私達の主ジフ様についてのことではなかった。
【コメディ、聞くならジフ様のことでは?】
「シャー。シャ」【答えろ。小娘】
……コメディが相手をしてくれない。まだ機嫌が悪いのかな……?
「と、惚けるな。南の魔王……お前のことだにぃ」
魔王とかどうでもいいからジフ様のことを……
「アンスターの王都に突如現れ。一夜にしてアンスター王国を滅ぼした異形の怪物だにぃ」
あーーーーーーそういえばそんなこともあったけ? 最近物忘れが激しくて……睡眠不足のせいかな?
「老若男女の区別無く人間達は一人残らず皆殺し。更に全ての死者を未知の死に損ないジフサーマとして使役する大魔術の使い手」
うむ。骨違いだ。私は魔術なんかこれっぽっちも使えない。
「何千万もの死者に巨大な祭壇を築かせ。怪しげな儀式を行い聖都を撃墜」
祭壇? 何のことだかまったく分からないな……
「アンスター王国最大の要害、アイギス絶対要塞線をたった半日で陥落させ」
それは私だ。あれには苦労した。
「次の死霊王の座を狙う死霊魔術師の実力者達を次々に返り討ち」
……知りません。分かりません。気にしません。あれは死霊魔術師様達が自爆しただけです。私は一切、これっぽっちも関与しておりません。無人ぐるみでございます。
「東聖都、南聖都、アンスター近隣の小国家……死者の大群に命じこの世の地獄を生み出そうとしている」
それも私ではない。命令しているのはコメディだ。
「今もタイラントにいる魔王様の命を奪おうと進軍している」
はい。完璧に誤解。私がタイラントを目指すのはジフ様と再会するため。魔王なんか興味ないです。
「お陰でジフサマ大サーカスをお姉ちゃんと見る予定が緊急招集でパァにぃ。お前を隠れて監視するように先行偵察を命じられ、転移陣に放り込まれ、全部お前のせいにぃ!」
隠れて監視って……目の前に現れたような? いや、それより……
【ジフサマ大サーカス!!】
そ・れ・だ! それについてもっと詳しく!?
【監視の割には堂々と現れたではないか……お嬢さん】
「シャー?」【馬鹿か?】
だからゼミノール! コメディ! 気にするところはそこではない。
「お前をさっさと倒せば監視任務も終了にぃ。転移で帰ればギリギリ、モフモフダンスに間に合う……」
ほうほう。転移……遠くに飛べる便利なあれですか。何度か経験したから知っている。
ジリジリ移動しながらこちらの隙を窺う蟹蝙蝠の言葉に私の中で究極の閃きが生まれた。
情報だけ聞けばいいと思っていたけど……お嬢さんには、ぜひもう一働きしていただこうか。
お互いに理解する気がなければ解ける可能性は零です。
といいますかより悪化するでしょう。