不幸な出来事
偶然と偶然がいくつも重なり……
銀月が西へと沈み。
金陽が東から昇る。
光と闇の交わる刻……黎明。
終わりであり始まりであるその瞬間、
【ああ! 大変だ! 遅れてしまう!】
私は白み始めた空の下、大慌てでスチナ西部の平原を奔っていた。
今の私に故国を懐かしむ気持ちも感動の涙も無い。砂一粒も無い。
あるのはただ一つ。
【ジフ様の公演に遅れてしまう!】
ジフ様の晴れ舞台を見れないかもしれないという焦りのみ。
そう、今日は十二月二十日、タリア王国タイラントにてジフ様の公演が行なわれるまさにその日なのだ。
ジフ様の部下として! ジフ様観賞暦二ヶ月の猛者として! ここは遅れるわけにはいけないのですたい!!
【もっと早く!】
昨日――アイギス絶対要塞線陥落――からずっと私を飛ばしている背中の雷鷲御兄弟に更なる鞭を入れる。
【【【【【これ以上は無理だ!! 羽根が抜ける!!】】】】】
えぇいっ!! 羽根の百本や二百本どうでもいい!! もっと早く!! もっと高く!!
【まあまあ。落ち着きたまえ……オオナタ】
愚かな巨人ゼミノールが、その皺だらけの乾燥した顔を向けながら話しかけてきた。
何を落ち着けと!! ジフ様に会えなくなったらどうする!?
【今から一日でその……タイラントだったか? 大陸の北まで辿り着くのは難しいだろう……オオナタ】
だから! 急いでる!!
【落ち着いて考えるべきだと提案しているのだ。地図も無しに『たぶんこっち?』で進んでも迷うばかりだ。他の魂喰兵達もニワちゃん達を除いて私達の速さについてこれていない。ここは少し冷静になるべきだと思うのだがね……オオナタ】
大丈夫だ。確かに”ジフ様の地図”は、全損した。しかし私の魂に『大体北北西!』と、しっかり刻まれている。それにジフ様の崇拝者は、きっと追いついてくる。
【はぁーーー……】
何故そんな深い溜め息をつく。
【君からも何か言うべきではないかね……コメディ】
「シャー」【知らん】
【しかし迷うだけだぞ……コメディ】
「シャーシャ」【言うだけ無駄】
流石、私の相棒。良く分かっている。
朽ちた巨人に話を振られた蛇骨の賢者コメディは悟りきった表情で――骨だけだが――地平線を眺めている。要塞攻略、地図の損失、そして竜巻に吹き飛ばされながら移動するという荒行に疲れているのだろう。
「シャ!」【山!】
その疲れているコメディが一瞬だけ精気を取り戻し注意してくる。
コメディの視線の先、私達の進行方向に小ぶりの山が見えてきた。
またである。北北西へ向けて一直線に進み始めてから街、森、谷、山、骨……私とジフ様の再会を阻むように数々の障害が何度も何度も立ちはだかってくるのだ。
忌々しい!!
私の対応はこれまでと同じだ。即ち邪魔・即・斬。
昂ぶる魂を振り上げた超大鉈に載せる。
比喩ではない。文字通り、陰の精気が無骨な鉄塊を黒く染めていく。
立ち昇るその闇は、元々巨大な刃を何倍にも大きく見せる。
これぞ私の四十八の必殺技の一つ!
【闇の超大鉈!!】
生身なら血管がぶち切れる絶叫と共に天より堕ちた闇の刃が山を平原に変える。
見たか山め!! はっはっはっはっはっはっ…………ふぅ、先を急ごう。
【彼の付ける名前は、なんと言うか。名付け親にはしたくないというか。どう思うかね……コメディ】
「……シャシャ」【……シクシク】
背後でゼミノールが失礼なことを言い。左肩でコメディが泣いている。
コメディ……何か辛い過去、もしくは現実でも思い出したのだろうか?
慰めてあげたいところだが。
風の速さで疾駆する私の前方に人影が現れる。
また邪魔者だ。しかも一番厄介な。
「ダッハッハッ! 見つけただ。南の魔王」
【いえ。骨違いです】
私は、前方に立ちはだかる魔術師の外套を纏った骸骨に丁寧に返事をしてその傍らを通り抜けようとする。
「貴様を倒せばオラが死霊王だ。世界中を腐った死体兵でいっぱいにするだ」
しかし回り込まれた! 竜巻背負いながら飛んいる私にどうやって追いついているのだ? それとできれば私の話を聞いてください。
【いままでの死霊魔術師と同じく君を倒しにきたようだな……オオナタ】
一番厄介な邪魔者――何故か私を『南の魔王』と呼び、襲い掛かってくる死霊魔術師様達だ。
こちらから排除『死霊魔術師を守れ!』――頭蓋骨に船長ガデム様の声が響く――するわけにもいかないから本当に困るのだ。
確かこの方で八人目だったろうか?
スチナに入った途端、『ラッキー!! これで俺様が次の死霊王』『南の魔王……その首貰う』『新鮮で瑞々しい死体兵こそ究極!!』と、一方的に喋るだけ喋って……
「オラの究極腐敗魔術を喰らうだ!」
魔術を撃ってくるのだ。
こちらから攻撃できない以上、普通は防御するしかないのだが……先生、御願いします。
【汝に不運を】
「ギャッ!?」
これまでと同じように先生――猿魔大王セイテンが死霊魔術師様に不幸を与え魔術を暴発させてくれた。
「ダッハッ、ハッ、ト、トロケ、ケミカルチーズ」
自らの魔術を至近距離で喰らった死霊魔術師様は、外套も装飾品も骨ごとまとめて溶けていってしまう。
ものの十も数えることなく地面に残るのは、腐敗した何かだけになった。
あぁぁぁ、なんて不幸な出来事だ。不運にも突然死霊魔術師様が自滅されてしまった。
一応、棒でも立てておこう。
私は、時間が惜しいので適当な枝を拾ってぷすりと刺す。
【名も知らぬ死霊魔術師様、安らかに……これで良し!】
丁寧に黙祷までした私は、再び北北東に進路を……
「ヘイ! お前が南の魔王か? 骸骨兵が至高だと世に示すために死んでもらうゼ!」
ま、た、か。
私は思わず大地に両手をついて神を呪った。
……結局、スチナ王国とタリア王国の国境地帯に辿り着くまでの間、三十以上の不幸な出来事が起こることになる。
ジフ様の公演終了まで残り半日。
必然で起こることもあります。
ちなみにネクロマンサーの皆さんが襲い掛かってきたのも必然です。
どうしてそうなったかは……またそのうち。
ヒント:レミパパ