踏破
大鉈を最大の危機が襲います。
さぁ、人柱として生贄にされたスチナの民の無念を晴らすとしようか。
私は、迫りくる焔の滝に対して逃げることも隠れることもせず真っ向から挑む。
コメディの『バカ! 隠れろ!』と、いう言葉を左から右に流しつつ手の平を地面にそっとつける。
幸運を呼ぶ猫の肉球が地に流れる精気を束ね招き寄せていく。
【四十八の必殺技の一つ! 地脈返し!】
必殺技の名を叫びながら、芋を引き抜く要領で大地の力を天に向かって解き放つ。
人間達よ! こんな事もあろうかと妄想していた華麗なる必殺技を見るが良い。この爆発するような大地の力を持ってすればあんな炎なぞ楽々と押し返せる。
【喰らうニャ~!】
雨豹――猫さんの和む声と共に地の精気は、私の陰の精気と交じり合い噴水のように……
ボベシャ! ドグチョ! バネットッ!
……粘液生物状の何かを溢れ出させた。色合いも青というか緑というか。触れたら即何かに犯されそうだ。
何これ!? 気持ち悪い。なんかアレっぽいし……あぁぁ、しかもこんなに沢山!
【これは汚濁の泥!? いかんぞ! こんなものに触れたら瞬く間に命が……我らには関係ないな。気にする必要はないぞ……オオナタ】
その粘液を浴びたゼミノールは少し慌てた後、一転冷静に問題ないと告げる。
しかし私は体中に降りかかるその――汚濁の泥とやらから逃れるのに必死だ。
あっ! あ! あぁぁぁっ!? 駄目だ! 私この手のヌルネチョ系は本当に駄目なのだ!
「シャシャシャ!」【いいから逃げろ!】
もう逃げてるってっ! 既に全身ずぶ濡れでだけど!
「ジャ! シシャ! シャ! シャ!」【違う! あっち! 火! 火!】
火? ……あっ!
ゴバァッァァァァァァァァァ!!
必殺技の無残な結果に混乱していた私は、うっかり存在を忘れていた焔の滝に今度こそ呑み込まれた。
何百、何千という生贄を触媒にした紅蓮の魔術が私達を、要塞に取り付いた死者を満遍なく赤き花弁に閉じ込める。
【ごぎゃぁぁぁぁぁぁ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! こ、こん、なところで朽ち果てるとはっ!】
赤く染まる視界に私は頭を抱え絶叫する。
「シャー?」【スアナ?】
【あぁぁ!? せめて! せめてっ! もう一度だけジフ様に御会いしたかった……】
【少しいいかね……オオナタ】
【ジフ様! 申し訳ありません。先立つ不幸を御許しください】
「シャ! シャー!」【こら! スアナ!】
【そうだ! 火葬にされる前に遺書でも書いておこう。筆と紙……は燃えるからここは石版か?】
この炉の中に放り込まれたような状態では、石でもないと残らないからな。
石、石、石……
【燃えてないのだが……オオナタ】
なに? 私は遺言を刻むための石探しで忙しいんですが。
「ジャ・シャ・シャ! シャシャー!」【だ・か・ら! 燃えてない!】
今度はコメディか。何が燃えてないんだ。周り中、炎だらけで皆焼け、焼けて……焼けてない?
周囲を確認した私は、魂喰兵や要塞の残骸が一つたりとも燃えていないことに気がついた。
あぁ、正しくは違う。私達に燃え移った火が全て消えているのだ。
今も焔の滝が私の体に降り注いだ端から赤い色を失い青くなりそして……消滅する。
こ、れは……一体なにが?
【汚濁の泥だ。汚濁の泥は”溶岩”と呼ばれる大地の真炎でなければ燃えない。今のうちに早く要塞を壊すことを提案する……オオナタ】
溶岩? 真炎? よく分からないが燃えないのならそれでいい。
あっさり考えること放棄した私は、超大鉈を構え要塞のまだ無事な部分に振り下ろす。
確かな手応えとともに崩落する防壁。
そして問題が生じたのか、衰える焔の滝。
これは、好機!
【よし。四十八の必殺技の一つ。死者の邪風を……】
「シャー」【止めろ】
【普通に戦った方がよいと思うのだが……オオナタ】
何故か必殺技使用に反対する二人。
しかし……
【【【【【我らの出番か! 任せたまえオオナタ!】】】】】
賛成が五名――雷鷲の皆さん――いたのでそのままやろう。
【【【【【風は我らと共に在り!】】】】】
暑苦しい叫びと共に私の背から正面へ向け突風が吹き始める。
今こそ見せよう三日寝ないで昼寝して編み出したこの技を!
カキカキ……カキカキ……カキカキ……
ありったけの想いを込めて私は頭を掻く。
【説明しよう! 私の体には、死体を魂喰兵に変化させる黴が寄生している!
よって体を掻くことにより死者呼び覚ます暗黒の呪われた胞子が虚空に散華し、さらに風でばら撒くことで迅速かつ広範囲の死者を仲間として呼び覚ますのだ!】
【誰に説明しているのだね……オオナタ?】
「シャーシャ、シャーシャ」【そんなこと皆、知っている】
必殺技は名前を叫び、効用効能を説明するものなのに……二人とも知らないのだろうか?
ちなみに二回目以降は説明無しでいい。
【殺して……死なせガガガガガガ……ジフ様どこ?】
【あの子はどこ? あの子をカエゲゲゲゲゲ……ジフサマ】
【復讐を! 奴らにもコノクルルルッルレロ……ジフさまのために殺せ】
この通り効果も抜群。要塞の壁に埋め込まれていた生贄の皆さんもたちどころにジフ様崇拝者になっていく。
ジフ様、お喜びください。また仲間が増えました。
私が夜空に浮かぶジフ様へ報告する間にも。
【あぁぁぁぁぁぁ! やっと死ねるルルルルルルルルゥゥゥゥゥゥ……ジフザマァァァァァァ】
「後退しろ! 壁からスチナの亡者が這い出てくるぞ!」
【殺せ! 殺せ! 殺せ! 逃げる奴は敵だ! 逃げない奴は訓練された敵だ!】
「だからスチナの魔術なんか使うのは反対ダッガギャ!?」
【魔術師発見! 殲滅する! ……魂食わせろぉぉぉぉぉぉ!!】
「第三区を放棄する。正義の火葬は既に効果無し。報告すガッツ!?」
死者は蘇り、生者は怯え、殺し、殺され、追いかけ、逃れ……全てが全て死に染まっていく。
「これが……邪神!」「世界の終わりがくるのか……?」「ヤ、や、エロ! アーーーーーーーー!」
そして月が天に昇るころ黴に犯された要塞は内側から崩れ去り、生きた人間は頭蓋を砕かれ! 首を切られ! 胸を抉られていく!
『こちら要塞司令部を制圧。脱出した人間たちは東へと逃走。現在追撃中』
『第七区画も制圧完了……残敵掃討に移る』
『癒しが足りない。ニワちゃんどこ?』
「シャー」【終わった】
要塞各所からの報告を聞き、コメディが安堵したように呟く。
そして私も……
【これでやっとスチナに帰れた】
故国の土を踏み少しの感慨を味わう。
アイギス絶対要塞線は、たった一日でその機能を失い南から北へと死者の侵入を許したのだ。
だが私の真の目的地はスチナではないタリア王国北部タイラントだ。
ジフ様がいるそこまで後、三日で着かなければならないのだ。
【地図を】
私は、タイラントへの最短路を確認するため書類係の熊手さんに大陸地図を求めた。
【これだ。しかし大丈夫か?】
大丈夫かどうかなど知らない。ただやるのだ。
【いや、そうではなく地図の方が……】
はい? 地図? そういえば……なんかやけにゴワゴワ、カビカビ、パラパラしているな。
私は渡された地図を開こうと手を動かした。
パラリ……
しかし地図は、開かれることはない。
雨にぬれ、炎に焙られ、汚濁の泥に犯された紙切れは、軽く力を入れただけで形を失い黒い破片となって風と共に綿毛のように消えていった。
…………は?
散るゆくその様を私は唖然としたまま見送るしかなかった。
時間が無いのに地図をなくしてしまいました。
迷子って困るんですよね。
約束の時間につけないとなると信用問題ですから。
要塞? あんなもんちょっとしたお邪魔虫です。
さて、これから大鉈がどう動くかは……次章にて。
第九章はこれで終わりです。
次の章は、やっとこさ主役が帰ってくるかも?