切り開かれた要塞
穴の開いた壁、蓋の壊れた宝箱、底の抜けた風呂……直ぐにどうにかしないと困ります。
やれやれ。死ぬかと思った。
私は蒸し焼き状態の甲羅から這い出しつつ胸を撫で下ろした。
いや、本当に死ななかったのが奇跡である。
アイギス絶対要塞線から放たれた業火に包まれた時、彼が呑み込んでくれなかったらどうなっていたことか……
【ありがとう。トトラさん】
彼――私の下半身である山亀のトトラさんに頭を下げ感謝を伝えるた。すると私と同じように甲羅に収納されてた狼や虎などの獣の群を吐き出しながらトトラさんは短く応じる。
【礼は無用】
……なんと奥ゆかしい……その大きな甲羅に相応しい広い心をお持ちだ。
ここは心尽くしのお礼を……
「ジャーーーーーー!!」【戦えぇーーーーーー!!】
【また攻撃されたら今度こそ消し炭になるぞ……オオナタ】
そういえば、超大鉈を投げつけただけでまだ要塞は殆ど壊してないか。
左肩のコメディと未だ甲羅の中にいる干首巨人ゼミノール――背甲の表面に張り付いてたので引き千切って甲羅の中に突っ込まれた――の指摘に私は現在戦闘中ということを思い出す。
泥を被り焼かれる……あんな塗炭の苦しみは二度はいらない。
体の組み立ての途中ながら私は、背中の羽扇に頼み要塞への突撃を再開した。が……
【いてこませ!】「ジフ様はここ? どこ? そしてあなたはだ~れ?」【突入せよ! 突入せよ!】
どうやらあまり急ぐ必要はなさそうだ。
私の投げつけた超大鉈が長大な要塞に作った一筋の傷……まぁ、一筋と言いつつ人が五、六人並んで通れる幅はあるのだが。
そこから泥の海に潜ることで焔の滝の洗礼を逃れた魂喰兵達が押し合い圧し合い要塞への侵入を果たしていたからだ。
【魔術師を最優先! 魔術陣を見つけたら壊せ!】
「留まるな。奥に進むことだけ考えろ」
【アリエン! ジフ様のためにアリエン!】
私が要塞に辿り着く頃には、死者の軍は、裂け目周辺の制圧を終え更に広く深く要塞の左右に侵食を開始する。
【これを狙って武器を投げたのか……オオナタ】
「シャシャシャーシャーシャ」【相変わらず戦いだけはできる雄】
着々と進む要塞攻略にゼミノールとコメディが少しだけ感心した眼差しを私に向けてくる。
……無性に要塞の中の誰かに『ええかげんにしなさい』と、ツッコミを入れたくなったからというのは黙っていよう。
要塞に深く突き刺さったままの超大鉈を引き抜きながら秘密をあの世まで持っていくことを決める。
そして同時に気づいた。
切崩された要塞の断面から覗くそれに。
「シャー」【人柱】
【相変わらずこのようなことを続けているのだな……人間】
私と同じくそれ――壁に塗り込められた人間の亡骸に気づいた二者が静かに語る。
確かに酷い。
【死に損ないを建築材料に使うなんて!】
「シャー」【違う!】
【魔術の媒介として生きたまま埋められたのだ。恐らくこの要塞全て壁に何万、何十万という数でな……オオナタ】
……じゃ、別にいいか。
若干自分でも薄情かなと、思うようなことを考えた私は、直ぐにその考えを改める。
壁に埋まった亡骸に、正しくはその服装に見覚えがあったからだ。
この服は……
壁を崩し瓦礫ごと生贄を掘り出し掴む。
懐かしいスチナの軍服でははないか! こちらの女の十字聖印もスチナの……
要塞の傷を抉るように私は一心不乱に掘り続ける。
この子の服も……これも……誰も……彼も……全員っ! 全員っ!!
生贄となった人間達。その全てが今は無き祖国、スチナ王国の民だった。
【助けて……殺して】【眠らせてくれ】【アンスターメ! アンスターメ! アンスターメ!】
握り締めた亡骸から生きたまま死んでいる民の叫びが伝わってくる。
人間は敵。けど死んだ人間は仲間。アンスターに殺されたスチナの民は仲間。そして仲間が望んでいる。
死ぬことと……復讐を。
「シャー!」【スアナ!】
ジフ様のところへ行くことを少しだけ……ほんの少しだけ我慢することを決めた私の傍らで相棒が急に慌て始める。
コメディどうかしたの?
【拙いぞ。要塞の占領できていない部分から先ほどの炎がまた生み出されている。要塞の一部ごと私達を焼き払う気だ。もう一度甲羅の中に……オオナタ】
なるほど……さっさと要塞を潰せと、そういうことか。
【了解】【皆殺し】【全潰し】「ジフ様!」「スチナの民に誇りある死を。アンスターの奴らに地獄の苦しみを」
進軍する同胞達も、私の想いが伝わったのか怒気と狂気を漲らせ猛る。
紅蓮の炎が渦巻き解き放たれた。
アイギス絶対要塞線の一角に赤い花と青い花が咲き誇る。
大抵被害が広がります。