虚しい勝利?
土地、金、権力……
戦争の目的は何かしらの利益を得ることです。
「やったか?」
泥の海に浮かぶ邪神の残骸。
水晶玉に映るその光景から目を逸らすことなく男は呟く。
だがその男――アンスター王国第四十五代国王クウォルフの呟きは、周りの人間達が上げる喜びの声に掻き消され誰の耳にも届かない。
一人を除いて。
「正義の火葬は完全にその効果を発揮しました。百万人分の精気を糧とした裁きの火……例え魔王でも生き残ることは不可能です」
喧騒の中、応えるのは魔術師の外套を着た若い男。
彼は人間にしては尖った、木の葉のような耳を微かに動かしつつ続ける。
「効果範囲外の魂喰兵達も、邪神を倒したことで全滅しているはず……これでアンスターを襲った災厄は終わります」
話終えると彼――半妖精初の宮廷魔術師ハーフェルは、犠牲となった民を悼むためか、或いは自らの罪を悔いるためか目を閉じ大仰に頭を垂れる。
そんな自らが任命した宮廷魔術師の姿に国王は口を開く。
「災厄、ね……聞いた限りじゃ殆ど自滅に思えるんだがね?
魔王計画、君が関わっていたオペレーション・ワイト……そしてオツ坊の反乱にしても”名誉人間”なんてふざけた制度をさっさと無くしていれば起こらなかった。
混じり者とはいえ王族。今や国王の私が言うべきでは無いかもしれんが……この国は遠からず滅んでいただろうな」
国王クウォルフは、肩をすくめながら爪を鳴らした。
その爪は人の爪とは思えず、まるで獅子のように長く鋭い。
爪以外も尖った耳や口に収まらぬ犬歯、純粋な人間とは異なるその姿は彼が魔族の血を引いている証。
それゆえに国王の甥であり名誉人間大臣という立場ながら、彼の王位継承順位は最下位だった。
王族どころか国民の殆どが死に絶える今のような状況でもなければ王位につくことは無かっただろう。
「各地に送った斥候からも人間は皆殺し、名誉人間は……魔族は無事って報告もあった。侵略者は滅び、正義がなされる。本当にアンスターらしい最期だ」
「クウォルフ陛下! アンスターはまだ滅んでいません。」
国王の自覚ゼロでとんでもないことを――自国が滅んで当然と口にする主を半妖精の宮廷魔術師が諌めようとしたその時……
「陛下! 水晶玉を!」
歓喜の声に混じり一つだけ恐怖の声――悲鳴が混じる。
「なんだ?」
宮廷魔術師の面倒臭い小言から逃れるため迅速に水晶玉へと視線を戻した国王が見たのは……
未だ続く豪雨。
その雨により冷めた泥の海。
そして泥の中から這い出てくる無数の死者達だった。
「生き残り。いんやぁ、死に残りがいたようだな? ハーフェル」
「そのようです。正義の火葬で再度……!」
予想外の事態にも余裕の態度を崩さない国王の言葉に、宮廷魔術師も狼狽を表すことなく残敵掃討のため動こうとした。
……途中までは。
言葉の途中で目が飛び出さんばかりに瞼を広げる。
「なぜ、滅びてない!?」
ハーフェルの知るプロジェクト・ワイトでは、”最初の一体”を倒せば全ての魂喰兵が連鎖自壊を起こすはずだった。
ではなぜ魂喰兵達が動いているのか。
彼の知識で考えられる可能性は二つ。
一つは、魂喰兵創造の過程でなにかしらの失敗があった場合。
もう一つは……
「甲羅が、邪神の甲羅が動いてます!」
”最初の一体”が倒れていない場合。
ハーフェルは、動揺の拡がる司令部の中央――そこに鎮座する水晶玉に三度視線を注ぐ。
透明な球が映すのは焼け焦げた甲羅。
そしてその背甲と腹甲の間からから突き出た一本の腕。
「邪神! 貴様は亀かぁぁぁぁぁぁ!!」
「ハーフェル、アレは亀の甲羅以外のなにものでもないぞ」
アンスター王国主従が漫才をしている間にその腕は泥の海に突き立っていた自らの得物――超大鉈を掴み……
「「な!!」」
絶句する二人を知ってか知らずかツッコミを入れるように投げつける。
竜巻と雷雨でさえ揺るがなかった人造の山脈が崩れる時がきた。
つまり利益を得たものが勝者なのです。
逆立ちしても利益を得られない状況で戦うのは虚しいものです。
勝てなけりゃ余計に……