初戦の緒戦
ジフ様に潰されたり、大鉈に壊されたり、勇者に崩されたり……不遇な扱いを受けているモノはなんでしょう。
あれがマリエル様の自慢していたアイギス絶対要塞線か。
大陸中央進出の足掛かりとなる初戦、私は徐々に距離を縮める死者の軍と生者の軍を視界に納めつつその更に向こうにある岩と鋼の要害を見つめていた。
『アンスター王国が総力を上げ。スチナ王国から亡命した魔術師や難民にまで協力してもらい。たった一年で築いたんです。正に人類を守る正義の盾です』と言われていたが……思っていたより地味だ。
その低く長い灰色の建造物は、先日潰したイジス要塞を横に伸ばせるだけ伸ばしたような。なんとも薄っぺらい印象を受ける。
『百万の敵が攻めてきても絶対に落ちません』とも言われていたが、対ベルキ用の妄想……もとい必殺技――全四十八種を持ってすれば簡単に壊せそうだな。
私は、右手の超大鉈を強く握り締めた。
まずは、コメディに一言断ってから……
「シャー、ジャ!」【第一軍、突撃!】
『了解。コメディから許しが出たぞ! 殺せ! ころせ! コロセ!』
……先を越された。
ロッキー山脈西端から東聖都イスセトまで、長さだけなら間違いなく大陸最長であろう城砦にコメディから命令を受けた死者が進撃を開始する。
その数……一個軍、約十万体。
たったの十万体だけ。
はて? 確か主軍は一千万以上の魂喰兵がいると言っていたのに……なぜそんなせこい数で。
現在、私達と共に大陸中央に侵攻しているのは、全魂喰兵の半分、約三千万。
――ちなみに残りの半分は、コメディの指示で泣く泣くアンスター国内に留まっている。マリエル様のお墓を守ったり、人間の残党を狩ったり、魔族を愛でたり、ジフ様の像を建てたりと忙しいそうだ。
そして三千万の内、私のいる主軍には一千万の魂喰兵がいる。
十万体という数は、その百分の一。あまりに少ない。
初戦だし、ここはドーンと景気良く全軍突撃をするようコメディに……
【様子見にしても少なすぎるのではないかね? 折角の牙も一本だけでは深く刺さらないぞ……コメディ】
私が進言する前に落ち着いた声が賢者に問いかける。
……また、先を越された。邪魔するなゼミノール!
私は首をぐるりと回転させ下半身――亀の甲羅に張り付く朽ちた巨人の頭部を睨む。
「シャ、シャジャシャー」【人間、動きがおかしい】
【動きがおかしい? どれどれ……要塞を背にして布陣、火矢を放ちながら徐々に後退。消極的だがおかしいというほどではないと思うぞ……コメディ】
「シャシャーシャーシャージャシャ」【引くなら最初から要塞から出なければいい】
【それは……私達のあまりの数に戦意をなくしたのかもしれないぞ……コメディ】
私の恨めしげな視線を気にもせずコメディとゼミノールの話は続く。
ただ私もゼミノールの言葉。それ自体は正しいと思った。
人間の軍隊……留守中に母国を滅ぼされたちょっと残念なアンスターの主力軍の数は、今進軍している第一軍――約十万体――と同程度。
まともにぶつかれば相打ち、例え勝ってもこちらにはまだ九千九百九十万の魂喰兵がいる。おまけに殺した人間は、死に損ない化。
普通なら戦う前から戦意喪失、逃亡もしくは降伏する。
それなのに後退しながらも、魔術に比べれば効果の薄い火矢を懸命に放つ様は敵ながらなかなかというべきか。
そんな風に私とゼミノールが若干余裕というか楽天的というか……そんな感じでいたときそれが起こった。
先ずは光。太陽がもう一つ現れたのかと錯覚する光が北から私達を照らした。
眼前の戦場のその向こう地平線と一体となったアイギス絶対要塞線が全て燃えていた。
世界が炎に飲み込まれていると錯覚するような光景だった。
最初は、自爆かと思った。
王都からロッキー山脈そして大陸中央、アンスター国内を移動する間に『死に損ないになるくらいなら……!』と人間たちが火を放った街や砦をいくつも見たためだ。
しかし、そうではなかった。
要塞で燃え上がった炎は、そのまま宙を飛び人間たちの軍勢を飛び越え……突撃していた第一軍に降り注いだのだ。
火の雨どころではない。焔の滝だ。
第一軍の魂喰兵達は、逃亡は勿論、悲鳴を上げることさえ許されず十万本の松明と化した。
【は?】
【なんと……これは……コメディ?】
私とゼミノール及び他の死者が呆然とする中、一匹だけコメディは冷静に状況を見つめる。
その眼窩は、燃え上がる同胞ではなく未だ炎を噴出す要塞線を貫いていた。
「シャー……シャシャシャ」【あれは……対魔術装甲陣】
タイマジュツソウコウジン?
コメディが忌々しげに零した言葉は、どこかで聞いた響きだった。
答え……要塞です。
本来は個人で攻略するものではなく。
大軍を持って囲み、交渉や攻城兵器で落とすものです。
要塞は、本当は非常に厄介な存在なんです。
本当に一日で万単位の犠牲が出るものなんです。
本当ですよ。