針路変更
状況に応じて柔軟に計画や予定を変更するのは結構難しいです。
【コメディ、まだつかない?】
晴れ渡る空の下、私は傍らの相棒に再び尋ねた。
「シャー!」【忙しい!】
しかし相棒――コメディの返事は、こちらを見ずに放たれる一言だけ。
まぁ、それも仕方が無い。
今のコメディは、王都での八面六臂の活躍が生易しく思えるほどの忙しさなのだ。
「シャシャー、シャシャシャー」【魂喰勇者達、スアナから離れるな】
「第四軍から遠話。『南聖都と東聖都の中間に到着』」
【第百四十九歩兵師団、これより本軍に合流……正面に回す?】
「魂喰鳥連隊、強行偵察中! 魔術による迎撃を受けている!」
水晶玉による報告、精気での連絡、直接口から放たれる相談。
蛇骨の賢者は、アンスター中から集った死に損ないを軍隊として再編し、その総指揮を執っている。
なぜコメディがそんな面倒なことをしているのか。
始まりは、ロッキー山脈での出来事だ。
山脈での戦いでマリエル様を失った私達は、山越えを中断し一旦山を下りた。
そして冬眠から目覚めたコメディは、私やゼミノールからマリエル様の死や老兵を逃がしたことを聞くと『……不覚』、一言呟いた後、地図を眺め宣言した。
『大陸中央を突破してタリアへ向かう』
つまりロッキー山脈を越えてスチナに向かうのは、寒いからイヤということらしい。
もしかしたら他にも深い理由があるのかもしれないが……私には分からないので割愛する。
問題は、その大陸中央という場所そのもの。
ロッキー山脈を越えずにアンスターからタリア――というか大陸北部に行くには大陸中央を通るしかないのだが……現在、そこは魔王軍対人類の最前線なのだ。
具体的にいうと万単位の軍団が空飛ぶ車輪に吹き飛ばされたり、お城が飛んで雷の雨を降らしたり、『興味深いぃぃぃぃぃぃーーーーーー!!』と叫ぶ干物爺さんが巨大化したりする人外魔境の危険地帯だったりする。
嘘ではない! 私はこの節穴な眼窩ではっきりと見たのだ!
……そんなことを身振り、手振りを交えつつコメディに説明したら。
『問題ない……寒いよりマシ』
実にあっさりそう言われた。
そして始まるコメディの多忙の日々……
ロッキー山脈に沿って西へと進む間、王都で魂喰兵になった自称勇者達数十名を私の親衛隊とし、魂喰騎士を指揮官に軍団を編成、魂喰鳥からなる偵察部隊を四方に飛ばすなど……ジフ様を求めて進むだけだった群を軍へと変えていった。
お陰で王都からロッキー山脈までの行程より更にコメディに相手してもらえなかった。
結果……暇つぶしにゼミノール達と老兵ベルキの倒し方を相談したり、必殺技の妄想をしたりと癒しと潤いのない時間を過ごす羽目に……ニワちゃんまでどっかに行ってしまった。
寂しい……虚しい……ジフ様に会いたい。
【実に壮観だ。これほどの軍なら人間全てをこの世界から狩りつくすことも夢ではない……同志達よ】
落ち込む私と対照的に元気なのが彼――愚かな巨人ゼミノール。
【ヒャッハーーーーーー!!】
【カルカルルカルカルカルルカル……】
【太陽気持ちいいニャ~】
【我らを数で滅ぼした人間どもを、今度は数で狩りたてる……実に、実にイイ!】
彼だけでなく私の体、『呪われた遺物』達もずっと興奮し続けている。
博物館で会ったときから若干狂い気味だったが……ますます酷くなっているように思えるのは私の気のせいだろうか?
はぁぁぁーーーあの老兵といい、私はなんでこんなのとばっか知り合うことになるのだろう。
「シャー」【類とも】
ん? コメディが一瞬だけ私を見て何か言ったような……?
【大陸中央に先行した第五百八中隊より遠話! 『アイギス絶対要塞線から遠距離魔術攻撃を受けた』とのこと!】
『こちらスチナとアンスターの国境付近、人間の軍を確認。旗は星……アンスター主力軍だと思う』
「ニワちゃんより『数は一杯、凄く一杯』だって」
「シャシャシャー!」【数の確認を急げ!】
相変わらずコメディは指揮で忙しい……気のせいだったか……そして暇なのもこれまでのようだ。
左肩に向けていた視線を正面……遥か地平の先に向ける。
そこには、大地を埋め尽くす死者の軍を迎え撃つ生者達と大陸を南北に分かつ長大な城砦――アンスター最大最新の軍事拠点アイギス絶対要塞線が立ちはだかっていた。
徹夜や問題の発生など……元々の計画より困難になることは覚悟する必要があります。