墳墓
お墓のことです。
多くの人が眠っている場合と権力者が一人だけ眠っている場合があります。
今回、眠ってるのは……
「シャシャ、シャー」【面白い奴、亡くした】
ロッキー山脈の麓、山から下りたことで冬眠から目覚めた蛇骨の賢者コメディは失った存在を嘆いていた。
【同意しよう。いろいろと欠点はあったが、あのような最後を遂げるほどではなかった……コメディ】
頷き応じるのは、朽ちた巨人ゼミノール。
彼らは、話し応えながらも互いに視線を向けることはない。
両者とも眼前に聳え立つモノを見上げながら故人を惜しんでいる。
そのモノは一見壁……無論ただの壁ではなく王星――アンスター王城の城壁を上回る高く長い石壁だ。
巨人たるゼミノールより頭一つ高く、長さに至っては両手を伸ばしたところでその十分の一にさえならない。
この壁が街や城を守るための城壁ではなく、たった一体の死に損ないを葬るために築かれた墓の更にその一部と教えられたら……誰もが驚くだろう。
それともその墓が、先に挙げた王城以上の広さを誇ることに驚くだろうか。
そんな大陸史上類を見ない巨大墳墓の上から一体の死に損ないが姿を現す。
綺麗に磨かれた鎧と袖無し外套を身に纏った魂喰騎士だ。
「コメディ、式の準備が整った。皆はもう並んでる」
彼の魂喰騎士は、そう伝えると直ぐに身を翻し行ってしまう。
待っていた報せに朽ちた巨人は、虚ろな眼窩を一度閉じ、そして開く。
【どうやら別れの時がきたようだな。彼女とは長いのだろう……君達は?】
「シャシャ」【そこそこ】
賢蛇が素早く応えたのに比べ問われた片割れは少し考えてから黒い波紋を放つ。
【たぶん……二ヶ月くらい?】
濁った陰の精気を垂れ流す髑髏――大鉈と呼ばれる魂喰兵は、眼窩と頚部が削れた頭蓋骨を捻りながら曖昧に言った。
~~~~~~~~~
【鳥さん、御願い】
私――ジフ様の忠実なる僕、大鉈――は、雷鷲の羽扇に墓の上までの移動を頼む。
わざわざ空を飛んで移動するのは、碌に歩けないのも理由の一つだが……墓の広さも原因だ。
とにかくデカイ!
ロッキー山脈から私が切り出した岩は、山三個分。
建造に参加した魂喰兵は、延べ二千万体以上――彼女の死を知った魂喰兵達が我も我も、と駆けつけたのだ。
今もアンスター各地から向かってきている。
できれば式も彼ら全員の到着を待ちたいけど……
私は宙に舞いながら周囲を見る。
式の場は、墓の上だがそこに入ることができるのは精々百万体、折角きても残りの魂喰兵は、墳墓の下から眺めることしかできない。
【しかし、なぜ墓の形を十字型にしたのかね。丸にでもしておけば一週間も掛からなかったろう……オオナタ?】
空から墳墓を見たゼミノールが、その形について聞いてくる。
何を不思議なことを……
【偉い人のお墓は、全部十字】
そう。偉い人のお墓は十字墳墓。
街で貴族様が亡くなったときは、小屋ぐらいの十字墳墓をよく築かされたものだ。
例外は、神官様ぐらいか?
死期が近づくと聖都に呼ばれるらしい。
「シャ……シャーシャ……シャ、シャ」【十字……スチナの国章……小娘、哀れ】
【我々が言うのもなんだが……そこは星墳墓にすべきではないかね……オオナタ?】
コメディもゼミノールも何が言いたいのだ?
私は、悩むだけ時間の無駄だと最近悟ったので尋ねようとした。
「これより式を始めます」
しかし、それより一瞬だけ早く墓の中央から式の始まりを告げる声が届く。
私達が墓の上に現れたことで葬儀が開始されたのだ。
墓の上には、鎧やドレスで正装した魂喰兵が整然と並び、魂喰鶏歌翔隊も行儀良く出番を待っている。
「本日はご多忙中にもかかわらずお見送りにきていただき、本当にありがとうございます」
葬儀を進めるのは魂喰王のヘイカだ。
新調した王冠と服がボロボロのままの顔と異常な調和を見せている。
「彼女は、偉大なるジフ様の弟子であり、また我らの良き友人、良き隣人として多くを共に過ごし、殺し、潰してきました。彼女の助言がなければ隠された飛行戦艦を発進前に破壊することもアリエン! なかったでしょう。イジス要塞の弱点に気づくこともアリエン! ませんでした」
私は、たまに『アリエン!』と入るヘイカの話を流しつつ式場中央の石棺に眠る故人との出会いを振り返る。
『あっ!? 火炎弾呪文』――夜の森で火の玉をぶち込まれ。
『死ぬ……イヤ……』――押し倒して息の根を止め。
『死んで……る』――死者として蘇った。
こうして思い返すと少し過激な出会いのような気がする……不思議だ。
「……しかし彼女は、一週間前、ジフ様に再会するため山に挑み……そして地に還りました。彼女の敵は、後で見つけ出し全員で私刑に掛けることは確定ですが、今は式の方を進めましょう」
突然ヘイカの声に悲しみではなく怒りが混じる。
それも当然だ。いや、他の誰より私が最も怒っている。
何故なら……私は奴を、槍使いの老兵ベルキを逃してしまった! あのマリエル様の仇を!
マリエル様を殺されたあの時……怒りのままに頭蓋骨だけで突進した私は両の眼窩から頚部に槍をすり抜けさせ、そのまま槍を遡ることで奴の両腕を砕いた。
そう。無念なことに……両腕しか砕けなかったのだ。
老兵ベルキは、槍を遡る私から逃げるために槍ごと私を投げ捨てたのだ。
槍を捨てずに持ったままだったら両手、肘、肩、胴と全てを砕き、潰すことができたものを……結局、投げた瞬間に両腕を潰すしかできなかった。
そして奴は、二本の槍と絡み合いながら何とか宙を飛ぶ私に『いいですね~最高ですね~痛いですね~殺したいですね~……次は、ぶち殺す!』と宣言し氷雪の中に瞬く間に消えていった。
奴も私を殺したいようだし、再戦の機会は必ずくる。
マリエル様……仇は取ります!
私は、石棺に眠るマリエル様に誓った。
その後、葬儀は粛々と進み石棺の上に盗掘防止の大十字を配する。
『偉大なるジフ様の弟子、マリエル・アンブロジウスここに眠る』
この大十字に刻まれた言葉は、世界が滅びるそのときまで消えることはないだろう。
「シャシャシャシャー」【草葉の陰で泣いてるぞ】
嬉し泣き?
マリエル様、個人用でした。
有名なところではピラミッドですね。
集合墓地としての墳墓は、群集墳と呼ばれるそうです。