笑う老兵
人は石垣、人は城、人は堀
【邪魔あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!】
私は眼前の人間目掛けて、大上段に振り上げた超大鉈を打ち込む。
これまで十二の城壁を砕き、数え切れぬほどの人間を振り潰したその刃に一切の容赦はない。
しかし……
「危ないですね」
標的となっていたその人間は、体を右に一歩だけずらすことで私の攻撃を避けてしまう。
地を割り、岩を砕く斬撃も当たらなければどうということはない。
先ほどからこの繰り返しだ。
まさか、最後の最後でこんな強敵が出てくるとは……!?
私が無い顎を噛締めると、
「怖かったですね♪」
その男は肩を竦めて余裕の表情まで見せてくる。
あーーーーーーーーー!! もう!! なんなのだこの真っ白い爺はっ!!
そう……現在、ジフ様に会わんと最短路を――ロッキー山脈からスチナに入りタリアへ行こうとしていた私を阻んでいるのは、強固な十二の要塞群でも大陸中央から取って返したアンスター主力部隊でもない。
両の手に一本づつ――二本の短槍を構えた一人の老兵だった。
「なかなか御強いですね~他の死に損ないと同じように~」
鎖帷子を鳴らしながらゆっくりと近寄ってくるその顔に浮かぶのは、微かな笑み。
王都にて竜さえ超える異形の体を手に入れた私を恐れる者はいた、崇める者もいた、怒る者もいた……しかし微笑と共に歩み寄る者だけはいなかった。
本当に……なんなのだ? こいつは?
『殺せ! 殺せ! 殺せ!』頭蓋骨の中で響く声に同意しつつも、私はこの奇妙な人間と遭遇した時のことを思い出していた。
~~~~~~~~~
【ゴボッ!?】【ベッ!?】【や、二槍流か? ヘッボ?】【殺せ! コロ……?】【首無し?】
凍える風を引き裂いていくつもの断末魔が届いた時、私は最後の要塞にいた人間を粗方始末し、その魂を味わっていた。
聞こえた声は、空気を揺らす生者の声ではない。
魂が消えていく死者の声だった。
【まだ、人間が残っていた?】
私は、人間を殺すため、そして死に損ないを救うため未だ断末魔の響く戦場を目指した。
そこは砕けた城壁が生んだ即席の闘技場。
「ワラワラきましたね~」
緊張も弛緩も無い平凡な声と共に振るわれる銀光は、魂喰兵の首を刎ねる穂先。
「背中を見せたらいけませんよ?」
丁寧に忠告する言葉は、石突きと同時に死に損ないの頭蓋骨を砕く。
観客のいない舞台の上、死者の群を相手にするのは、二本の槍を使い首から上が無い死体を量産する白髪の戦士だった。
【遅かったか……!】
首から上――頭部を失えばいかに死に損ないとはいえ土に還るしかない。
「おや? 大物がきてくれましたね」
恐らく二十を下らない武装した魂喰兵を倒しながらその息は乱れることなく、槍を握る皺だらけの手も垂れることはない。
魔術師でも、神官でもなさそうだが……なんか嫌な感じがする。
「面倒ですね~」
私は、その槍使いの言葉に『殺せ!』と叫ぶ声を無視して少しだけ体を下げた。
――今思えば、猟師の経験が教えてくれたのだろう……目の前にいるのは獲物ではなく狩人だと。
「ぶっ殺しましょうか?」
次の瞬間、老兵は背から八本の投槍を抜き打っていた。
抜く動作がそのまま投げることに繋がるその技は、街のチンピラも使う……ナイフ一本程度なら。
いくら投げるための武器とはいえ、片手で四本、両手で八本もの投槍を投げれるはずが無い。
よしんば投げたとしても、狙いの場所に刺さることはありえない。
【ガッ!】【ジャ!】【ひゃ!】【幸運くるニャ!】
しかし、両胸、両手、両肩、首と頭蓋骨、計八箇所……全ての槍が急所と呼べる場所に命中していた。
通常なら重症、頭蓋骨を貫かれれば私もただでは済まない。
「おや~~~終わりませんか?」
もっとも、命中しただけで貫かれてはいないが。
「腕が落ちましたかね~」
槍兵が自らの技量に首をかしげているが……私が助かったのは、咄嗟に下がったことと左の猫の手が幸運を呼び穂先を滑らせてくれたからだ。
この猫の手、雨を降らせたり、福を招いたり実に多芸だ。
【ありがと】
【寒いのやだニァ~】
左手の肉球に魂から感謝するが猫は聞いちゃいない。
腕に当たった槍より寒さの方を気にしている。
「シャ、シャ、シャー-」【そ、いつ、危険】
猫と同じ眠そうな声でコメディが言わずもがなのことを忠告してくる。
ふむ? ……なんか山に登ってからコメディ、調子がおかしいな?
「困りましたね~~~貴重な聖銀投槍だったんですがね~~~」
おっと!
私は、危険な人間――二槍の老兵に刃を振りかざした。
恐怖と焦りが滲んだ刃を……
~~~~~~~~~
そしてその後、私が一方的に攻撃しているのだが。
「七十超えた体に戦いは堪えますね~」
……さほど素早いわけでもないのに全然、当たらない! むしろ、からかわれている感が満載である!!
「しかし、やっぱり同じ動きですね~……あなた、シスムという死霊魔術師を御存知ですか~」
憤る私に老兵が話しかけてきた。
シスム? ……あぁ、あの魔婆。
「あなた、魂喰兵でしょう? 他の死に損ないも全部動きが同じだから分かりますよ~」
私の返事も待たず槍を回しながら老兵は話し続ける。
「あの惨劇を忘れて、また魂喰兵を創造するなんて……あの女は、何を考えているんですかね~」
頭蓋骨に再び嫌な予感が溢れてきた。
「仕方が無いですね~本当に……また私が始末しないといけないんですね~」
こいつ……あの魔婆の知り合いか!!!?
「これで十九万七千六百飛んで一体目のですかね~……ベルキ・シュロこれより本気で参りますね~」
戦慄する私に笑顔の老兵が近づいてくる。
同時に気がつく……笑顔の中で目だけが全く笑ってないことに。
勝敗を決する決め手は、堅固な城ではなく、人の力である。
といわけで第二の関門、スーパー爺ちゃん登場です。
老いた生者と若い死者の戦いが始まります。