骸骨の正体
生前は、実は王子様……ではありません。
むしろ本質とでもいいましょうか。
私は考える骨である。
空の頭蓋骨には、空は空なりにそこそこの知識とまあまあの知恵があると思っていた。
思っていたのだが……
「ジャ」【バカ】
コメディが告げる相棒としての親愛を込めた罵倒は……まぁ、冗談と思える。
【なんでこんな馬鹿に……】
ジフ様の弟子であるマリエル様が涙目で口惜しそうに語るのは……ちょっと大袈裟に言っているのだろう。
【はっはっは、済まないつい本音が出てしまった……バカナタ。いや、オオナタ】
顔を皺だらけにした朽ちた巨人ゼミノールに朗らかに評されるのは……流石に考えさせられる。
バカナタは酷い……ではなくて、もしかして私は馬鹿なのか? と……
【馬鹿だよな?】「こいつが馬鹿じゃなきゃなにが馬鹿なんだ?」【我々の狩りに協力してくれる恩骨に言いたくはないが……君は馬鹿だ】「コッケー」【バッカー】『バカナタ……プッ!』【馬鹿な大鉈、略して馬鹿鉈】
博物館で出会ったばかりの『呪われた遺物』や成り立てホヤホヤの魂喰兵にまで馬鹿呼ばわり。
本当に馬鹿なのか…………い、いや……だが……しかし……
自分への厳しい評価を認めがたい私は、猫の左手で頭蓋骨を押さえつつ――フニフニ肉球が気持ちいい――最初にして最後の審判者に縋る。
そして私と向き合った蛇骨の賢者は一言。
「ジャ」【バカ】
きっぱり言い切られたああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
【ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ】
とりあえず笑って誤魔化してみた……主に自分を。
「シャージャシャー」【認めろバカスアナ】
おうぅ!? コメディの追撃が厳しいー!
しかし、そうかぁー……私は馬鹿だったんだ。ちゃんと馬と鹿の区別ぐらいはつくんだけどな……村でも何度か鹿狩ってたし。
額に一本の角があって、白くて、馬みたいで……そういえば、あの角どこにやったけ?
あの頃は、良かったな~畑耕して、獲物狩って、楽じゃなかったけど平和だったなぁ~。
昔……街で兵の真似事をするより更に前、生まれた村で暮らしていた時のことを思い出すことで私は深く傷ついた心を癒す。
【オオナタ君が馬鹿なことは置いておくとして、どうするつもりだね……コメディ?】
私を置いておくことにした調停者ゼミノールが、未だ周囲を取り囲み自分達を崇め、怒り、訴える魔族の群集に話を戻す。
「シャシャ……シャシャシャーシャ」【空を飛ぶ……魔族は無視して王都を出る】
【しかし、それでは我々に縋る同胞を見捨てることに……コメディ】
【所詮は魔族ですね……殺すだけ殺して生き残った人は知らんぷりですか!?】
ゼミノールとマリエル様の問いにコメディは、聞くだけで震えそうな声で応じる。
「ジャシャーシャ」【誤解するな小娘】
【こ、小娘ぇ! 蛇のくせに!!】
「シャ、シャシャージャ」【魔族、生き残ったのは偶然】
童心まで帰ろうとしている骸骨の傍で賢蛇は、愚かな巨人と生首死霊魔術師に教え諭す。
「シャージャシャーシャシャシャシャシャ」【スアナに敵と思われていなかっただけ】
【じゃあなんで見捨てるんですか!】
「シャシャ? シャシャシャシャシャッ?」【見捨てる? 見逃されているのに?】
笑うように歌うように蛇骨の賢者は鳴く。
「シャシャ、シャジャシャシャシャー? ジャシャシャシャ、シャシャ、ジャシャシャシャー」
【スアナ、狩りだけは梟より上手い。どんな敵にも怯えない、躊躇わない、ただ狩るために狩る】
ん?
ここで私の意識が少し持ち上がる。
コメディの『上手い』……その一言のせいだ。
「シャシャジャシャーシャシャー……シャシャーシャジャシャシャ」
【もし国という群を狩り始めたら……アンスターに生物いなくなる】
国という群? コメディは何を言っているんだ?
「シャーシャシャーシャジャ」【スアナに係わる全てが死ぬ】
コメディ、それ違う。あの勇者達は生きてる。あの勇者達だけは……
「シャシャー、シャジャ、シャジャ、シャジャ……」【スアナは、神でも、王でも、骨でもない……】
前の二つは確かに違うけど。私は骸骨兵……骨だぞ~~~コメディ。
【じゃ、じゃなんだっていうんですか! 骸骨兵は!】
蛇骨の賢者は、再度一言で応じる。
「シ」【死】
コメディ……つまり私は馬鹿な死ということか?
一夜にしてアンスターを死者の国に変えた髑髏は小首を傾げた。
ちなみにコメディが語ったのは、コメディの考えているスアナの本質です。
人の本質なんて早々分かりませんし、見る人によってコロコロ変わります。
観測者の影響というやつです。