地図の謎
宝の地図ならぬ、ジフ様の地図です。
謎の一つや二つ当然のことです。
【念願の”ジフ様の地図”を手に入れたぞ!】
私は、ジフ様の居場所が記された地図を高々と掲げ宣言した。
「見つけたのは私!?」
地図を持ってきた魂喰兵が何かごねてるが……まぁ、無視。
【ジフ様!!】「これで勝つる!」『全軍に通達! 我らはこれよりタリア王国へ向けて進軍を……』
周囲の同胞も些細なことは気にせずジフ様のいる場所――大陸北部タリア王国へ向けて粛々と移動を開始する。
街で、教会で、要塞で……出来立ての死者も、墓場から這い出た死者も、程よく腐った死者も全てが全て移動を開始する。
北へ!
そして当然のことだが私も……
「シャ!」【貸せ!】
あっ!
背中の羽扇に『タリアまで飛んで』と、頼もうとしたその瞬間、コメディが”ジフ様の地図”を奪い取る。
【な、なにをする! コメディー!】
しかし、コメディは私の叫びなど無視して”ジフ様の地図”を凝視している。
「ジャー! ジャージャシャ!?」【バカな! ジフが第七席!?】
……そういえば。コメディは、ジフ様が出世したこと知らなかったけ?
【それより! これどこの地図ですか! まさか……】
コメディの傍らでは、生首死霊魔術師のマリエル様まで地図を覗き込んでいる。
マリエル様、いつの間にコメディの隣に移動したんですか?
手も足も、胴体すらないのに……私のように顎だけで移動したのかな?
【アンスター王国参謀本部軍事測量局……軍事地図じゃない!! しかもワシトン司令部の極秘印!!】
ほうほう……確かに血痕だらけのその地図には、『極秘』だの『閲覧権限』だのゴチャゴチャ判子が押されている。
それにしても御役所ってのは、どうしてなんでもかんでも極秘にしたがるんだ?
ジフ様の居場所が分かるんだから街中に貼っとけば良いのに……
「ジャ? ジャシャ? ジャシャシャ?」【なぜ? どうして? どうやって?】
【どうした? コメディ?】
コメディが今まで見たことが無いほど驚き取り乱していたので心配になって問いかける。
ジフ様の出世を驚いているなら説明してあげないと。
しかし、コメディが驚いていたのはジフ様が第七席になったことだけではなかった。
「シャシャ! ジャシャシャシャジャ!?」【今は十一月! どうして未来のことが!?】
未来?
私はもう一度地図を確認する。
『十二月二十日 第七席ジフ・ジーン及び第九席アーネスト・エンド 公演中』と書いてある。
確かに今が十一月とすると来月のことだ。
つまりこれはジフ様の未来を書いた……未来地図なのか! 日記ではなく地図とは、なかなか微妙なものを!
「シャージャシャー!」【他の地図も寄越せ!】
コメディの命令にまだ王城に残っていた逆首やヘイカなどの魂喰兵が何百枚という地図を集めてくれる。
未だ城にいる彼らは、名誉魔族達の墓に墓石を置いたり、庭に看板を立てたり後始末をしているのだ。
忠義の士を丁寧に弔うその心意気……何と素晴らしいことか。
「シャー……シャ………………」【こっちも……これも………………】
感動する私とは対照的にコメディは静かに地図を確認していく。
言葉も低く押し殺したものになっていった。
なにか問題でもあるのか?
「シャシャー」【これ見ろ】
私は、顎で示された数枚の地図を見てみる。
一枚は、スチナ王国の地図。主要都市や街道などが緻密に描かれている。障害になりそうな山や森、渡河に適した川などもだ。
あれ?
ここで私は、昔兵士長のおやっさんに教えてもらったことを思い出した。
戦争に利用できるほど詳細な地図は、軍事機密として国が厳重に管理しているということを。
なんでアンスターにスチナのこんな詳しい地図が……?
そして一度気がつくとどんどん他のことも気になっていく。
例えば……”骸骨洞窟”という赤い文字。私が創造された場所。
同じく”死体墓地””幽霊砦””魔僧院”……名前まで正確に記載された死霊軍団の拠点の数々。
ある地図には、スチナ国内が死霊魔術師の勢力別に色分けされていた。
『死体兵究極派は、腐ってやがる派と鮮度が命派に分裂』とメモまでされている。
『両派は、十一月二十二日、死の森で決闘』『代表は、第二十五席……』御丁寧に今後の予定まで……
特に異常なのは、タリアのある都市――タイラントの拡大図。
『魔王軍魔人軍団タイラント司令部』『死体獣歌劇団の宿泊所』『ジーン四天王は、元ダブロスの勇者』『地下及び上空に結界』『十二月二十日、魔王軍幹部集結』……地図が真っ赤になるほどの大量の書き込み。
こんなに書き込んだら地図として読めないだろうに……てっ、そうじゃなくて!!?
「ジャージャシャー」【情報が全部漏れてる】
そう! それ! 私もそれが言いたかった! 船長ガデム様も『情報が大事』と言っていたぞ!
【それはアンスターの諜報組織の成果です。アンスターの諜報組織は、大陸で最も優秀なんですよ。何年もかけて優秀な諜報員を潜入させ……】
マリエル様がなんか自慢げな顔で解説してくれる。
チョウホウ組織か……チョウホウ、ちょうほう、丁包組織?
「シャー、ジャー」【しかし、滅びた】
【!! ……あんすたーガ……あんすたーガ……】
あらら! コメディの毒舌にマリエル様がまた夢見る乙女状態に!!
「終わった! アリエン!」
混沌の度合を増す私達に魂喰王ヘイカが陽気に話しかけてくる。
その背後には、ズラリと並ぶ墓石と……『アンスター王国、最後の日、誇り高き忠義の戦士は……』墓に眠る者達を讃える言葉を綴った木の柱――慰霊塔のつもりだろうか――が屹立していた。
どこから持ってきたのか、淡い緑の精気を放つその柱は見るものの心を鎮め……
【うむぅぅぅ……】「シャ……」【アンスターが……アンスターが……】
私達にアンスターという国の最期を静かに実感させる。
つまりアンスターが何を知っていようがもう関係ないということにして、この話を終わらせるようという気分に……
「シャー、シャー」【しかし、気になる】
【コメディ! 気にしない! 気にしない!】
細かいことに拘るコメディを諭しながら、私は意気揚々と王城から移動し始める。
一応、地図はまとめて他の魂喰兵に持たせている。
どうしても気になるのなら道中の暇つぶしに見ればいい。
今は、ジフ様の所に向かうのが先決だ。
いざ! タリア王国北部タイラントへ!
情報が駄々漏れ……死霊軍団の危機管理能力の低さが良く分かります。
まぁ、アンスターが滅びましたからもう関係ありません(たぶん)。
一応、それ以上の悪影響がないのなら、問題の優先度を下げるのは一つの手法としてあります。
……ただし、検証と確認は必要ですが。