戦い終わって、日が昇り
王都を陥落させた彼らの次の動きは……
ふっふっふっ……今朝の超大鉈は、地に餓えている……いざ!
ザック!
気合と共に振り下ろした超大鉈は、大地を引き裂き王城の庭園に深い傷を穿った。
あらよっと! ほらせっと!
私は、そのまま続けて人より少し大きめの穴を次々と生み出していく。
しかし……早朝に墓穴を掘る死に損ないとは、どうなのだろうか?
ザクッ! ザック! ザック! ザック! ザック! ザック! ザック! ザック! ザック!
得物を振るう手は止めず――疲れを知らない体はこの手の仕事にとても便利だ――私は、ふとそんなことを思った。
死に損ないといえば、普通朝は墓に帰って、夜に這い出てくるもの。
他人の墓とはいえ……なんだか変な気分だ。
「シャー、シャシャー」【スアナ、掘り過ぎ】
おっと!?
左肩より突き刺さる鋭いツッコミに花壇を粉砕しようとしていた超大鉈が停止する。
いけない、いけない……うっかり、折角の手向けを台無しにしてしまうところだった。
【コメディ、ありがとう】
声の主に感謝の言葉を送る。
しかし、その声の主――我が相棒、コメディは既に私からその蛇骸骨を逸らしていた。
「シャシャー?」【占拠状況は?】
【目標の九割以上を占拠。各地で魂喰兵が増えてる】
「……シャーシャー?」【……要人の暗殺は?】
『ほとんど魂喰兵になった……あっ、一人? 一体? まだ!』
「シャ! シャジャシャーシャ? シャシャ?」【急げ! 魔族保護区の解放は? 抵抗はあるか?】
『兎人助けた! ウサ耳!! だが……怯えられてる? なんで?』
『こちらは、人狼の子供見つけた! すごく牙剥いてる!!』
『コケーーー!!』
『石投げられた。ママを返せとか言われても……』
『古妖精と半妖精が喧嘩してたから全員捕縛した』
水晶玉を使ってアンスター各地の魂喰兵達と遠話をしている……昨晩からずっとだ。
しかも自分のいる左肩に水晶玉を並べるため、わざわざ腕を何本か追加してだ。
細かいことは知らないが『止めを刺し損ねた』らしい。
……ちゃんと国王は倒したのに何に止めを刺し損ねたのか。
赤く染まった頭蓋骨を傾げながらそれに眼窩を向ける。
「ジフ様! アリエン! ジフ様! ジフ様! アリエン! アリエン!」
それ――切り刻まれ、血で汚れた服を振り乱しながら私と同じように墓を掘る魂喰王を。
魂喰王――仮称ヘイカとでも呼ぼうか――は、昨晩ゼミノールをはじめとするアンスター王国に殺された魔族達……その亡骸に惨殺されたアンスター国王の成れの果てである。
太陽が昇る前に死に損ないとして復活したのだが……やたら陽気で、グズグズになった肉を零しながらも一生懸命働いている。
……死に損ないにしておくのが惜しいぐらいの逝きの良さだ。
彼らも、自らの主君が墓を掘ってくれているのだから安らかに眠れるだろう。
私がそんなことを思った丁度その時、最初に掘った穴に一体の亡骸が丁寧に横たえられた。
「あなたは、なんで……」
未だに応えのない問いを続ける人狼の女性が語りかけるのは、昨日私達に挑み、そして散っていった名誉人間と呼ばれる魔族の戦士だ。
そう……一昨日の朝から始まった王都を巡る戦いにおいて魔族の戦士達だけが死に損ないとして甦らなかった。
……一度は、青い光を纏いながら動き出したのだ。しかし次の瞬間、頭と胸が銀の炎に焼かれ完全な死者になってしまった。
彼らを説得しようとしていた魔族の一人に聞いたのだが、死に損ない化を防ぐために生前から体に何か処置をしていたらしい。
彼らが死に損ないにならないと理解したときの気持ちは、複雑だった。
仲間が増えなかったという失望と共に……何か……こう……安心? 違う、安堵したのだ。
なぜかは分からない。主のために戦い倒れた彼らに、もう他の理由で戦って欲しくなかったのかもしれない。
不思議だ人間を殺したときはそんなことは考えもしなかったのに……もしかして、あの魔婆にいろいろ弄繰り回されてどこかおかしくなってしまったのだろうか?
なんにしろ人間以外を殺すのは、もう御免こうむりたい。
「彼らの魂が天国に招かれんことを……」
「なんで死んだんだ! やっと俺達の国を取り戻せるのにっ! バカヤロォッ!!」
「こいつらの中には、家族が特別保護区に収容されている奴もいたはずだ……裏切れなかったんだろう」
「君は、人間として死んだ。だけど僕は……」
同胞を失った魔族の嘆きを聞くだけで気が滅入ってくる。
それに比べて……
【我らの復讐……ではなく狩りはまだ始まったばかりだ……同志達】
【次は、獣ヶ原の人間どもを狩るべきだ!】
【永遠の森を再び、古妖精の楽園にすべきです!】
【もういい加減に公園に行きたいニャ!!】
【お主ら、また獲物がなくなるぞ……聞いとらんな】
名誉人間達を殺した『呪われた遺物』達――現在の私の体でもある――は気にするそぶりさえ見せない。
次の狩場――生前の誓いとか言ってたが、どうも復讐がしたいだけの気がする――について話し合っている。
襲い掛かってきたのは相手のほうとはいえ、人情はないのか?
それに何より次に行くべき場所は、決まっている!!
『呪われた遺物』も手に入れた!
あの勇者を料理できるだろう強力な体と超大鉈もある!!
おまけにアンスター王国の国王まで倒した!!!
今こそジフ様の下に帰還すべきときなのだ!!!!
思い返せば長かった……苦労してジフ様を起こしたのに褒めていただく間もなく、あの勇者に挑んで敗れ離れ離れに。
その後も売られ、煮られ、舐め……オモイダセナイ、オモイダスナ、オモイダセナイ……
ま、ままぁ、とにかくジフ様の所に戻ろう。コメディも会いたいだろうし。
【なぁ? コメディ】
そう精気を送ると各地に忙しく指示を飛ばしているコメディが一瞬こちらに意思だけを向けてくる。
【なにが?】
【だから……ジフ様の所に戻ろうと……】
【ジフどこにいる?】
ジフ様の居場所だって? そりゃぁ…………あれ?? 居場所ドコダッケ???
マテ! 落ち着け……こういうときは、額に肉の字を書いて三回舐めれば……舌がない!?
溶岩の中の氷のように冷静な私は、ジフ様と別れた時のことをじっくりと思い出そうとした。
――あの勇者に追われる私達。
――転移陣の部屋に追い詰められた私達。
――ジフ様を逃がすため勇者達に単身挑む私。
――私は敗北したが、転移陣の部屋は空……ジフ様たちはどこかに逃れた。
そこまで思い返して私は凍りついた。
どうしてかというと聡明な私の頭蓋骨の空洞は、恐ろしいことに気づいてしまったのだ。
ジフ様の逃げた先を聞いていなかったという驚愕の真実に……
まずは後始末……基本です。
普通は、死体の埋葬、負傷者の手当て、敗者の武装解除、各種戦利品の確保、占領する気なら統治組織の設置……まぁ、今回は普通じゃありませんが。
戦いは、やる前とやった後のほうが面倒が多いんです(これは大抵の仕事にもいえます)。