堕星
星……アンスターの象徴です。
「なっ、ん、で!?!! な、んヴェェェエェェェ!?!?」
名誉に生き、そして散った戦士の亡骸に人狼の女が縋りついている。
死者が応えるはずないだろうに……骸骨がそれを言っちゃ駄目か。
ツッコミを自粛する私を西の空から太陽が照らし、王城に巨大な影を映し出す。
その影に包まれながら一人の人間が口を開いた。
「よくぞここまでやってきた。褒めてやろう」
自らを守る部下達が殲滅されたというのに語られる言葉に動揺を感じ取ることはできない。
「しかし! 私は君達を歓迎することはできない」
その人間の立場からしたらそうだろう。
「故に!」
そして長い袖から飛び出るは、鋼の短剣。
「アンスター王国、第四十四代国王フセイン・ジ・アンスターとして最後の責務を果たそう」
黒い影に飲まれながらも私を見上げ言い放つ人間――アンスター国王の瞳には、老境へと入り始めた姿からは想像できない強固な意志が見て取れた。
だけど……?
私は、『殺せ!』右手に握る超大鉈を振り上げながら思う。
あんな短い剣じゃ私の体――『呪われた遺物』の集合体に傷の一つもつけられまい。
そもそも攻撃をさせる気もないが。
刃を振り上げた私の影は……まるで城を、アンスターの象徴に斬りかかるように見えた。
白鋼の巨人をたった一振りで破った力が人間に……
【ちょい待ってな~】
叩きつけられることなく止まった。いや、止められた。
よりにもよって刃を握る大猿の手――それに憑いている猿魔大王が腕の自由を奪ったのだ。
『殺せ!』なんで止める? 『殺せ』正直、船長ガデム様の声が『殺せ!』五月蝿いんですが?
【すまんの~ワシも狩りたいんじゃが……他の者に譲ってやりたいんじゃ~】
他の者?
そこで私はやっと体中で交わされる会話に気がついた。
【国王は私の牙で!!】【狩の時間だ!】【日が落ちるニャ~】【ここは、最年長の私が……】【ダマレ! エルフ!】【話し合え……同志達よ】
またか! またなのか……!?
紳士かつ温厚な私もいい加減、頭蓋骨にきた。
自分達の同族――魔族を手早く料理しときながら、最大の国王を前に誰が狩るかで相談してやがるのですよこの方達は!!!!
「ジャ」【バカ】
ほら! コメディも呆れてる。
「シャシャージャ」【スアナよりバカ】
そもそも『素材を前に舌なめずり。三流のすることだな』って一流の料理人が言ってたぞ!
料理、そういえば……
赤い髑髏が賢蛇を見つめる。
【コメディ……アンスター国王の肉団子ってジフ様喜ぶかな?】
「シャーシャジャ……」【やっぱりスアナが……】
「どうした。臆したのか」
コメディが私の問いに応えようとしたとき、存在感と重要度の割りに無視されていた国王が睨みつけてきた。
頭上に超大鉈が、屋敷のように巨大な凶器があるというのに全く怯んでない。
「さぁ、殺すがよい。しかし私を殺したところで……王都を落としたとてアンスターは滅びん」
怯むどころか、自らの死を語りながらうっすらと顔を歪ませている。
それは……笑み。
もしかして……実は狂ってる?
「責務と力は第四十五の国王、第四十六の国王へと必ず継承される。アンスターが滅びることはない」
「シャシャー?」【何言ってる?】
徐々に支離滅裂な言動になっていく国王に私と……コメディさえも頭蓋骨を傾げる。
そんな私達に生首が――マリエル様が見下ろすような目つきを向けてきた。
【知らないんですね。アンスターの偉大さと強さを】
おや? 元人間の死霊魔術師マリエル様が教えてくださるようだ。
【アンスターでは、責務と力……この二つが常に共にあることを求めています。
だから責務を負う者、負う場所が不慮の事態に襲われたとき第一継承者そして第一将都にと全ての力が……権限が委譲されるんです。
これは魔術的制約を使ったもので、第十八番目まで委譲先が決まってます。
混乱を防ぎ、国を常に最高の状態に……】
ほうほう、難しいがとにかく凄い仕組みということは分かった。
「シャー。シャシャー」【なんだ。そんことか】
だがコメディには、あまり感銘を与えなかったようだ。
【そんなこととは、なんですか! 権力闘争を未然に防ぎ、国難を乗り切るための世界で最も進んだ……】
「シャー、シャー」【逆さ首、水晶玉】
蛇骨の賢者は、生首魔術師の反論を無視して、ある死者を呼び寄せる。
いくつもの透明な球体――水晶玉だ――を抱えて近寄るそれは、首が前後逆さの魂喰兵だった。
「はい。コメディ」
私の足元まで近寄った彼は、そう言いながら水晶玉を地面に置いていく。
十を超える水晶玉の内、いくつかは転がりアンスター国王の足元まで拡がってしまう。
「水晶玉……遠話? どこに繋がって……」
そう。その水晶玉からは、声が聞こえるのだ。
ジフ様やデニム様が遠くの御知り合いと話すときのように。
そして、その声の内容は……
『こちら! カルン司令部! 死に損ないの襲撃を受けている! 援軍をッガ!?』
『聞こえるか! 将都ロッスンは、もう駄目だ! 墓地から現れた化け物達が徘徊している! もうすぐ夜になる! 誰か! 誰かっ!! 助けてくれっ!!!?』
『鶏に気をつけろ! 奴らは死を運ぶ鳥だ! 烏も、鳩も全部殺せ!!』
『…………アンスターに栄光と繁栄を…………ボアァーーー!!!?』
混乱し、怯える人間達の悲鳴と絶叫だった。
「なにごとだ!? なにが起きている!!」
王は、水晶球から響く声に……それの意味する何かに、初めて動揺を顕にした。
「シャー、シャシャーシャシャー」【今朝、鳥のワイトを国中に飛ばした】
私はコメディの言葉に今朝のことを思い出す。
ニワちゃん――魂喰鶏の友達が、どこかに飛んで行ってたような……?
『コメディ、こちらヤー・クニュー城。王子殺した。褒めて』
『こちらは、第五十一秘密基地。男爵を殺した。凄い?』
『大公は? 貴族院議長とか言ってた。それとノースプーン軍港制圧完了』
『コッケーー! コッケケケ!』
『聖一教の管区長と神官は終わった……次どこ?』
「……ジョインが殺されただと!?」
続々と――今度は魂喰兵の占拠速報が届いてくる。
その知らせに人間は、剣を落とし目を見開いた。
「シャ、ジャシャシャシャー」【要人、重要拠点を襲わせた】
「まだだ! まだベインも! ノエインもいる!」
しゃがみ込み水晶玉に映る自分に言い聞かせる人間に、死者は優しくなかった。
『コメディ~~~! 王子様これで三人目! 一杯褒めて!』
『保護区解放した……モフモフが一杯! この世の天国!!』
『癒しほし~い。国務大臣から王立図書館長まで襲撃完了』
「シャーシャー、シャーシャー、シャシャー」【蛇の狩りは、牙を見せる前に、終わっている】
伝わらないはずの死者の声が伝わったのか……
「お、終わるだと? たった一日で……アンスターが……有り得ん」
人間は、首を振り否定する。
しかしその顔には年相応の皺と、何より懊悩が刻まれていた。
つい先ほど、国を滅ぼす怪物と対峙してた傑物はどこに行ったのか。
……コメディを怒らせないようにしよう。
私は固く心に誓った。
【皆で一緒に、それでよろしいな……同志達よ】
【【【【【【応!!!!!!】】】】】】
そして……その顔のまま、
「ありえん!」
百を超える刃と牙と爪と呪いによって、
「アリエェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」
永遠の時を逝きる者になった。
【陛下が……アンスターが……】
夕日が沈む王都に、人は無く。
「王が死んだ……これで解放されるの……私達は……?」
明日昇る太陽は、死者と魔族を照らす。
アンスターの各地でジフ様の信者が増え、これに御返し編は、終了です。
きっちり数百年分の恨みを(主にコメディが)返しました。
感染者数は……秘密です。次章にて分かるでしょう。