人の語る平和
平和、これまたいい言葉です。
平らなる和……なんとも穏やかな様子じゃないですか。
【誰が馬鹿ですか!】
魔術師バカエル……もといマリエル・アンブロジウスは、斬新な名前をつけた張本蛇コメディに食って掛かった。
母国自慢の最中に『バカエル』と言われたことで頭に血が上っているようだ。
生首なのになぜ血が上るのだろうか? ……うむ、謎だ。
「ジャ、シャー」【じゃ、愚か】
【同じです!】
コメディの返事にマリエル様が更に憤る。
ここは私が仲裁せねば!
……体中から魔族の皆さんも睨んでるし早く静かにしたほうがいい。
私は、コメディと死霊魔術師様の諍いを仲裁しようと動く。
【コメディ、例え本当のことでも言ったら駄目なことがある】
「シャーシャー」【スアナもバカ】
【何が本当のことですかっ!!】
両方から罵られた……なぜ?
【大体、あなた達、何者ですか!! 王都で暴れてただで済むと思っているんですか!?】
今更ながらマリエル様が、素性確認をしてきた。
街の警邏なら一番初めにすることでしょうに……本当にお馬鹿なんですね。
それと王都を攻め始めたのも随分前からですよ。
といいますか……もしかして私、忘れられてる?
【大鉈です。マリエル様】
ジフ様の御弟子さんだし、よく頭蓋骨を売っておかなければ。
【オオナタ? どこかで聞いた気が? それに……そういえば、なんで私の名前を知って、い……っ!】
元々白かったマリエル様の御顔がさらに白くなっていく。
ついでやや童顔な顔がゆがみ口が大きく開いた。
【ヒ、ャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!】
口から迸るのは魂の絶叫。
まるで自分を殺した殺人鬼にあの世であった若い娘のような悲鳴だ……あ、殺したの私だ。
マリエル様は、目玉をひっくり返し、手入れのされてない藁のような髪を振り乱している。
……思い出していただけたようだし、まっ、いっか!
「シャシャー、ジャシャ」【五月蝿い、バカエル】
異形の亡者が駆ける王都に女の叫びが長く長く続いた……しかし、その声を聞くものは死者しかいない。
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【ユメよ……ゼンブユメ……モリでネてしまって……タイチョウもニげなくて……】
マリエル様がまた夢の世界の住民になってしまった。
「シャシャ、シャー」【現実、認めろ】
コメディが優しく起こそうとしているが効果はないようだ。
私も手伝おう。
【マリエル様、また三流国自慢してください】
【アンスターのどこが三流ですか!!!?】
あ、あっさり復活した。
流石、私! ジフ様の壁だけのことはある!
「シャジャーシャジャシャー」【滅びるところが三流】
正気に戻ったマリエル様にコメディが厳しい現実を教えて差し上げるが……
【アンスターは滅びません!】
マリエル様は、理解してくれないようだ。
「シャー。シャーシャー。シャシャシャー」【滅びる。滅びてる。滅ぼしてる】
【アンスターは侵略者になんて敗北しません! 正義は勝ち、自由は守られます!!】
【どの口が……】【自由だと……】【人間がぁぁぁ……】
なんか、マリエル様が話すごとに周囲に殺気――主に『呪われた遺物』の方々――が立ち込めていく気がする。
「シャーシャーシャー。シャジャ、シャ、シャシャー」【侵略者はお前たち人間。魔族を殺し、奪い、虐げてきた。だから滅びる】
【コメディ、いい子だ】【イッタレ】【蛇の旦那……】
逆にコメディが話すと殺気の代わりに喜びと嬉しさが伝わってくる。
【私達は、神に導かれたんです! 侵略者なんかじゃありません。何百年もこの地で暮らしてきたんです。
……確かに昔、多少の軋轢はあったそうですが……邪悪な魔族を退治してからは、同じアンスターに暮らすものとして平和に暮らしてきました!】
皆殺しが多少か……アンスターの言葉は、スチナと随分違うようだ。
「シャー? ジャシャー?」【平和に? ではあれは?】
そう言って、コメディが示した先は、私でさえ楽々くぐれそうな巨大な門と崩れた壁。
少し視線を上に向ければ、並ぶは白い塔。
どうやら話しているうちに王城――王星に到着していたようだ。
見回すと周囲には、鎧に盾に剣と……完全武装した兵士達が、死者の兵士達が整列していた。
「コメディ!」「ジフ様!」「コメディ!」【マリエル様!】【ジフ様!】【コメディ!】「ジフザマ!」
声を上げ出迎えてくれている。
一度でいいからこういう貴族みたいな雰囲気を味わいたかった! 感動した!
【そ、んな……王城、が……】
だが、マリエル嬢はせっかくの歓迎より壊れた城壁と燃える塔しか目に入っていないようだ。
「シャジャシャ。シャ」【それじゃない。あれ】
コメディが再度、岩が崩落した壁の……その奥に首を伸ばす。
あれ?
私も釣られるように視線を向けると、そこでは……
「裏切りものがぁぁぁァァァ!!」
「なぜ人間を庇うだ!?」
「魔族がぁぁぁぁァァァ!!」
「やめるんだ!? もう人間に従う必要なんてない」
「ワタシ達は、人間だ! オマエ達、魔族と一緒にするな!」
「銀の星々! 聞いギャ!?」
殺戮が行なわれていた。
殺されているのは、魔族。武器も防具もつけていない……民間人のように見える。
殺しているのも、魔族。剣に金槌、鉤爪、弓まで使って一方的な戦闘をしている。
死者が囲む王城。しかしその中で争うは、生者同士。魔族が魔族を殺し合う異常な光景にただただ私達は目を見開くばかりだった。
……目玉ないけど。
敵がいなくなった状態を平和と言います。
勿論、生死は問いません。
感染者……数十名追加(何故か勝手に増えている)