ワイト・ハザード
大鉈が博物館で過ごしている間、外で何が起きてたか……
星暦三九五年 十一月二十五日
アンスター王国、王都ワシトン――世界大陸ドーマンの南東、二つの運河が交差する大平原に築かれた人造の都市、五百万の民が暮らしていた大陸有数の大都市の朝は前日と全く異なるものだった。
前日……二十四日の朝、民は自らの国の優秀さと偉大さに身を震わせ、永遠の祝福と繁栄を信じていた。
それはアンスター王国公認の勇者――閃光の勇者、アンスターの英雄、人類の守護者――数々の名を持つ一人の男が魔王軍の怪物、魔術大国スチナを滅ぼした死霊の王を討伐したためだ。
人々は勇者を讃え、祝い、夢を膨らませた。
――解放されたスチナは、アンスターの新たなる開拓の地に違いない。
――魔王は勇者に恐れをなし、アンスターに降伏するだろう。
――老いたダブロスも野蛮なザペンも、きっとアンスターに跪く。
現実には、数千万の死に損ないが旧スチナ王国に蠢いていることなど知らずに……
勿論、国の指導部――王宮、国軍司令、魔術学院――は危機を認め対応していた。
死に損ない化を防ぐため聖銀を移植された名誉人間達――特務部隊銀の星々
一体で千の敵を蹴散らす巨大鉄人形――特務部隊不死の巨人
最新鋭楽器と呪歌による浄化戦術――特務部隊鎮魂の歌姫
他にも様々な作戦、計画が検討され実行に移された。
そしてその一つが作戦名オペレーション・ワイト。感染型死に損ない――魂喰兵によって死に損ないを滅ぼす……毒を以って毒を制す策。
『世界を救うためさ』――自称、正しき死霊魔術師シスムは言う。
……しかし、一つの過ちによって全てが狂い始める。
『飛んで逃げちゃいました』――幽霊少女レミが魂喰鶏を逃がす。
それはアンスターが数百年にわたり踏み躙ってきた魔族達の呪いか……
『さあぁっ! 行こう! 私の屋敷に!』――骨収集家ホーネットが盗む。
それとも男の狂った愛情故か……
『コロネマシーンでも、スカルトンでもどっちでもいいんだ! さっさとヤガッ!?』
――祭日出勤の警吏が喰われる。
なんにしろ……
『教会であいつらに殺された警吏達が蘇ったそうだ……死に損ないになってな』
――鎮魂の歌姫指揮者コーチが伝える。
もう遅い。
魂喰兵に殺された犠牲者達は、半日もせず起き上がる……自らが魂喰兵となって。
【【【殺せ! ころせ! コロセ!】】】
第十三教会で聖一教の神官と礼拝にきていた熱心な信者を血祭りに上げた後、魂喰兵達は街に繰り出した。
【【【【【【神官! 魔術師! 指揮官!】】】】】】
真っ先に襲われたのは、街中にある教会。優秀な神官が最前線に引き抜かれていたことも災いし、警吏姿の死神を止める者はいない。
犠牲者を増やしつつ死は王都を駆け抜ける。
教会に始まり、魔術学院、国軍司令部、王城、議事堂……
いくつかの場所では、死に損ないを退けることはできた。
だがその戦いにより三つの貴重なモノが失われた。
一つは、太陽……日は傾き死に損ないの世界が街を覆った。
一つは、時間……十数体の魂喰兵が殺した数百人の犠牲者。街中に散らばる犠牲者を弔う余裕は誰にも無かった。
一つは、信頼……魂喰兵は名誉人間と呼ばれる魔族を一切襲わなかった。人間の子供を殺しても亜人の魔術師は見逃す――そんな状況を人間達は不審に思い疑った。
『死に損ないの仲間じゃないのか?』と……
失われたモノは、そのまま刃となって降りかかる。
【【【【【【【【【コロセ! ころせ!! 殺せ!!!】】】】】】】】】
銀の月が昇るころ、蘇った死者は、大切な人の死を悼む家族、隣人を誘う……死の舞踏へ。
「あなたぁ~エッ!」「どうしてっ……」「に、逃げぇーるぅーーんーーーだぁーーー!!」「パ、パパ」「渡来起身の流出か!?」「狩の時間よ」
悲鳴と断末魔を伴奏に、生者と死者の踊りが始まる。
貴族と奴隷が、老婆と少年が、商人と盗賊が、街娘と猟師が……貴賎老若仕事も忘れて命を懸けて舞い踊る。
しかし希望と信頼を無くした人々は……
「どうしておまえ達は殺されないんだ! 貴様ら裏切ったな! 犬がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「クソッ! 司令部と遠話が通じないぞ! 転移門と転移陣は稼動しないのか?」
「全てを水晶玉に記録しろ! これはアンスター賞ものダギャァァァ!?」
【殺せ!】
「やめてくれ! 俺達は、魔族じゃない! 名誉人グェァ?!?」
「地脈が乱れてます。近衛と王族を優先すると……」
「監督ぅぅぅ!!! 畜生がぁぁぁぁぁ!!」
【【殺せ! ころせ!!】】
「引っかかれた奴は寄るな! 死ね!」
「仕方が無い! ここは放棄する」
「嘘よ……これは悪い夢」
【【【殺せ! ころせ!! コロセ!!!】】】
「侵略者はヒョロベェ?」
「愛してます。隊長」
「ママ……」
【【【【【【【【【ジフ様! ジフ様!! ジフざまぁぁぁぁぁぁあ!!!】】】】】】】】】
……喜劇と悲劇を綴りながら王都の闇に消えていく。
それでも人々は願った。
朝日が早く昇ることを……
なぜか人々は信じた。
日の光の下なら何とかなると……
だから人々は縋った。
アンスターの強さに自分達の国に……
……そして日の出と共に知ることになる。
【【【【【ウォォォォォォリャアアアアアアァァァァァァァァァ!!!】】】】】
罪を閉じ込めた博物館を吹き飛ばし……この世にあらざる異形の魔が解き放たれたことを。
アンスターの滅びを朝焼けが照らす。
歌って踊って走ってました……ワイトが。
一日の感染者数……約二十七万人