朝焼けの出撃
さて、最後の仲魔も揃いました。
準備万端整えて余裕を持っていきましょう。
これは夢か! 現か!! 幻か!?
「シャー! ジャジャー!」【バカ! バカスアナ!】
眼前で骸骨蛇――我が相棒が私の名を嬉しそうに呼んでいる。
【どう聞いても怒っているように聞こえるのだが……オオナタ】
体の下のほうから山亀の甲羅に貼りついている干し首――ゼミノールが空気を読まない指摘をしてくるが私には伝わらない。
「ジャジャ! ジャッ!」【さっさと! 出せスアナ!】
再びコメディが、檻の中から私を呼んだ。
【あ、あぁぁぁ! コメディィィィィィ!!】
私は、猫の手で床を抉り、猿の手で展示物――十字架を背負った人形だった――をなぎ払いながら突進する……コメディに向かって。
どうやってあの勇者から逃れた? なんでアンスターに? なぜ檻?
そんな疑問が頭蓋骨の中を流れるが、それが考えとして纏まるのを待つことなく私の体はなしたいことをただなす。
感動の再会……それ即ち。
【コッ!】
ザッ!
広げるは右手――岩を砕く『猿魔大王の手』……
【メェ!!】
シャッ!!
伸びるは左手――鋼を切り裂く『雨豹の手』……
【デェィッ!!!】
そう! 全身全霊全力全開全滅全損ありとあらゆる力を込めての抱擁しかあるまい!!!!
私はその新たに手に入れた肉体全てを使いコメディに……
「ジャァァァァァァァァァ!!」【くるなぁぁぁァァァァァァ!!】
相棒の感動の叫びを聞きながら……
【止まれ! ……同志達!】
干し首の制止と共に……
【了解】【止まるのか?】【新入りが潰れる】【眠いニャ~】【ワシもそう思うの~】【ニンゲンカル!】
全ての脚が動きを止めた。
【はれ?】
脚――下半身に繋いだ剥製の皆さんが動きを止めると……下半身、上半身、そして頭も……止まった。
おおおぉぉぉぅぅぅ! なぜぇぇぇぇぇぇ!! なぜとめぇぇぇるっ!?
「ジャ! ジャ! ジャ!」【ヘ#! &ボ! カ$!】
目と鼻の先にコメディがいるというのに!
コメディも意味は分からないが激しく檻の中で喜んでいるというのに!!
【落ち着きたまえ……オオナタ】
ゼミノールがゆっくりとした諭すような口調で話しかけてくる。
【落ち着けるかぁぁぁぁぁぁ!?】
無論、そんなことで私が落ち着くわけが無い。
しかし、『呪われた遺物』の顔役――文字通り顔しかない――は丁寧に言葉を紡ぐ。
【落ち着くんだ。君の今の腕を見たまえ……今の体を見たまえ……目の前の彼を見たまえ……オオナタ】
腕? 体? 彼?
若干、辛うじて、微かに冷静になった私は、言葉に従い視線を動かす。
映るのは人の数倍はある獣の豪腕、獣毛の包まれた巨体、小指で摘めるほど小さくなってしまった相棒……
【コメディ縮んだ?】
「ジャァァァァァァ!?」【アホォォォォォォ!?】
冷静に尋ねた私に返ってきたのは怒号だった。
~~~~~~~~~
「……シャー、シャー、シャー、シャー」【……解毒剤できた、その後、ここに、寄贈された】
コメディの話――”骸骨洞窟”であの勇者と戦ってから博物館で見世物にされるまでの涙あり、笑いありの一大感動巨編が終わった。
【なるほど。苦労したようだね新入り君……コメディ】
私と一緒に聞いていたゼミノールがコメディに語りかけている。
むぅ!
私はというと話を聞いてあの勇者達の更なる非道に腹を立てていた。
勇者達め! 私を競に掛けるばかりか、コメディまで……人の骨を! 蛇の骨をなんだと思っているのだ!
正義の怒りが私の骨を燃やす。
決してコメディとの感動の再会を『潰れるから止めとけ!』『バカ! 潰す気か!』と硬軟取り混ぜ封殺されたやるせなさを代わりにぶつけている訳ではない。
むぅぅぅ……ただ抱きしめたいだけなのに……なんで駄目なんだ……
私は、未だコメディを閉じ込めている檻を恨めしく眺める。
当然のことだが感動の再会を諦めた後、大冒険譚を聞く前にコメディを檻から出そうとした。
しかし厄介な問題があったのだ。
【ふむ? 次はこの鎖を外して】【コレカ?】
現在、私の体から伸びた何本もの短い腕、長い腕が自ら動いて檻を慎重に解体している。
コメディの蛇体を鎖で雁字搦めにしている檻を……
問題……それは檻が非常にややこしい構造になっているのだ。
中からは外に首を伸ばせず、外からは中にものを入れることができ、それでいてコメディを取り出すことはできない。
人間達がなぜこんなややこしい檻にコメディを入れたかについては分かっている……というか檻の前に書いてあった。
『骸骨蛇……骸骨洞窟で勇者様一行に襲い掛かった魔獣。その毒牙で勇者様達を苦しめた。勇者様一行より寄贈』
さらにその下。
『売店にて販売している鼠の人形(価格金貨一枚)を入れると噛みつきます。
注意! 手は入れないでください。誤って噛まれた方は係員まで直ぐに御知らせください。解毒剤を御渡しします(有償金貨十枚)』
コメディ……完全な見世物扱いである。
ちなみに転がっていた鼠の人形を入れたらコメディが噛み付いてきた……『アソブナ!』と怒られたのは秘密だ。
コメディ曰く、反射的に噛み付いてしまうらしい。
【にゅあ~! にゃ~!】
私の左手――猫の手も同じように鼠の人形に反応している……私が意識していなくても。
自主的に物事に応じてくれる反面、注意しとかないと勝手に動くこの体は案外厄介かもしれない。
……さっきもコメディとの抱擁を邪魔されたし。
ガシャガチャ!!
私が新しい体について考えていると金属がぶつかり合い、
【これで全部外れた!】
コメディが自由になることを知らせる。
「シャシャ!」【感謝!】
おぉぉぉ! コメディ!
ペシッ!
「ジャ!?」
【ニャ!!】
あれ? えっと……今何が?
私がコメディに意識を向けると私の左腕がコメディを叩き、コメディと左腕に宿った雨豹が鳴いた。
なんなんだ? 一体全体何が……?
「ジャシャーー!」【何するスアナーー!】
いや、私に叩くつもりは……
ペシッ!
「ジャ!?」
【ニャ!!】
あっ! また!
「ジャ……」【なに……】
ペシッ!
「ジャ!?」
【ニャ!!!】
ペシッ!
「ジャ!?」
【ニャ!!!】
ペシッ……
檻から脱出したコメディを連続して猫の手が叩き始めた。
嬉しそうにコメディを弄る手を見て確信する。
この体、凄く厄介だ。
――結局、コメディを猫の手が届かない位置――猫の手と同じ左肩に繋げることで事態は収拾された。
【にゃ~~ん。嬲りたいにゃ~~~。遊びたいにゃ~~~】
それでもまだ雨豹は未練がましく肩に手を伸ばそうとしている。
【早くこの場を離れよう。他に面白いものがあれば興味を無くすはずだ……オオナタ】
その様子を見ていたゼミノールが博物館から出ることを提案してくれた。
「ジャー!」【賛成】
【外に出よう!】【”狩猟の平原”へ】【我々の戦いはこれからだ】【エモノイッパイ】
コメディや他の者達も賛意を示す。
そしてコメディが望むのなら私に反対する理由はない。
【では!】
私の号令に応じて体中から生えている腕がそれと同じ数だけの武器を掲げる。
【いざ! 出撃!】
獣の群が巨体を持ち上げ、壁に向かって走り出す。
【【【【【ウォォォォォォリャアアアアアアァァァァァァァァァ!!!】】】】】
分厚い壁を軽々と吹き飛ばし……この世にあらざる異形の魔が解き放たれた。
アンスターの王都を最期の朝焼けが照らす。
最後の最後に問題が見え隠れする。
大抵それが後々……
朝焼けの感染者……次回更新を御楽しみください。