黎明の再会
再会? 誰と? もちろん……
銀月が夜空を下り始めるころ。
「それならば私の体を使うといい……オオナタ」
『体が欲しい』……骨さえあれば体を組み立てることができ、あなた達を運べると述べた私に朽ち果てた巨人ゼミノールはそう応えた。自らの体を使えと……
その返事、というか提案に私は困惑する。
なぜか?
いきなり話していた相手に体を渡そうと言われたこともその一つだが、大部分は相手に私の望みが伝わっていないと感じたからだ。
なにせ私が欲しいのは干物ではなくて骨なのだから。
そんな私の思いに気づいたのか笑いの感情を交えつつゼミノールがその干し首から黒い光を放つ。
【安心したまえ。私は死霊魔術を使うことはできないが、どんな魔術かはよく知っている。
何百年も私の暗き願いを溜め込んできたこの体は、陰の精気の塊そのものだ。君にかかっている死霊魔術と交じり合い、侵し、染め……一体となるだろう……オオナタ】
【はぁ……】
説明されてもよく分からないのだが……とりあえず相槌だけ打っておく。
【さぁ! その頭蓋を私の亡骸に繋げるといい……我らの望みを叶えてくれ……オオナタ】
亡骸とはいえその身を捧げる巨人に周囲の魔族――の躯に宿った怨念達が感じ入る。
【ゼミノール……無茶しやがって】【死霊魔術? 白い人?】【オマエノギセイハムダニスルゾ】【何百年待ったか】【面黒い】【終わりの始まりだ】【賢き巨人よ! 優しき巨人よ! 嘆きの巨人よ!】【調停者……汝の魂に……】
雰囲気的に断れそうにないなー……
その溢れる感動と巨人の決意がやたら重い。
反対もないし、試すだけなら無料だし……試すだけならいいか。
私は、干し首を抱える巨人の亡骸――ゼミノールの朽ちた肉体に頭蓋骨を繋げることにした。
やはり首かな? それとも胸や鳩尾……話題を呼ぶ下腹部接続も捨てがたい。
巨人の肉体と繋げる場所を少しばかり悩んだが。
よし! 首にしよう。
首に接続することに決めた。
理由は、体で一番高いところだからだ。
巨人の視点から眺める景色はさぞ素晴らしいことだろう。
私は自らの天才と紙一重な決断に賞賛を送りつつ精気を爆発させ飛び上がる。
【合!!! 体!!!】
生前に見たザペン伝統文化劇銀河鉄人――それは三体合体だったが――の台詞を叫びながら硝子を打ち抜き朽ちた巨人の首に着地した。
本来なら巨木の幹のように太いはずの首は、長い年月と苦難によって細く枯れており私の頭蓋骨が丁度嵌まり込んだ。
うむ! 中々いいな。
そんな風に私が接続の調子を確認していると既に変化は始まっていた。
魂を喰らうという業が。
頭蓋骨の内側から黒い精気が溢れ出したのだ。
ギョ!
最初の一撃……いや、一口は驚きだった。
ゴゲッェェェ!?
二口目は、心が弾けた。
オェェェェェェェェェェ!??
三口目は、眼下から飛び出した……黒い光となって。
【どうかね? 私の体のは……オオナタ】
体の元の主人――ゼミノールが尋ねてくるが私は応えられない。
しないのではなくできない。
濃い! くどい!! きつい!!!
後から後から溢れてくる黒い怨念が私の魂を蹂躙する。
例えるなら人肌に暖めた獣脂を延々と飲まされている気分だ。
まぁぁぁぁぁぁズゥゥゥゥゥゥいぃぃぃィィィぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!!!
その後、私の心が黒い精気に沈む前に噴出が終わったのは、奇跡かジフ様の思し召しとしか言いようがなかった。
~~~~~~~~~
【次はワシを腕に使えばよいじゃろう】
そう提案してくるのは、『猿魔大王の手』と説明されている長い腕。
私はその手に右肩を近づけ繋げた。
ぐぅう!
巨人の時ほどではないが濃厚な精気の流れに呻く。
しかし、直ぐに苦痛は薄れ、腕の感触が出てくる。
【ゼミノールとは違いワシの腕は使い易かろう】
【はい】
腕から伝わる老いた意識を私は肯定した。
――今、私は巨人の欠けた体に他の『呪われた遺物』を繋げている。
【次は左手に……そうさの……あの黄色に黒まだらな猫の手を使えばよかろう】
あの手だな。
――愚かな巨人の亡骸と合体した私は新しい体を動かそうとしたのだが……数百年の時は、精気はともかく肉体を蝕んでいた。早い話が、腕がもげた。次に足ももげた。最後に腰が折れた。
【眠いニュア~】
私は眠い眠いと言いつづける猫――雨豹と書かれている――の腕を左肩に押付ける。
――巨人の体を組み立てなおそうとしたが、繋いだ端からまた折れる。その内、周囲の展示品が『私を巻いて固定しろ』『この牙で接げ』『腕はワシを使うといい』と言いはじめた。
結果、私は周りに言われるまま巨人の体を軸にいろいろ繋げて巻いて体を組み立てている。
右手には猿の手、左手には猫の手、上半身には獣毛、下半身には大亀、背中には羽毛の扇に蝙蝠の翼……部屋の展示物が減るごとに異形は姿を変えていく。
【私も亀に着けてくれ】【こちらも願う】
私は願いに応え、部屋の隅に残っていた二者――銀色の熊と赤い狼の剥製を亀の甲羅に、手足の穴にねじ込む。
剥製や骨など原形を留めていた者は、そのまま繋げ。
剣や盾などに加工されてたものはいくつかの腕に持たせた。
途中から腕が――憑依している魔族が組み立てを手伝ってくれたから随分早く済んだ。
これで最後か?
私は、膨れ上がった体を動かし繋ぎ忘れがないか確認する。
複数の足――虎や熊など獣の脚が自分達で動いてくれるので慣れない体でもこけることはない。
部屋は、片側に勇者の秘宝、片側は何もないという随分とちぐはぐな様相になっていた。
【もうこれで全員が君になった。さぁ、私達を狩りに連れて行ってくれ……オオナタ】
亀の甲羅に貼り付けた顔の一つ――ゼミノールが告げる。
【分かった】
そして、私も了解の意を告げる。
その時……
【バカスアナ、早くこい】
その精気を感じた。
まだ残ってる?
私は、姿の見えない繋ぎ忘れに頭蓋骨を傾げ。
【あぁ忘れていた。隣の部屋に新入りがいるんだった……オオナタ】
ゼミノールが答えを教えてくれる。
隣の部屋?
順路の先にある看板は『閃光の勇者の軌跡』。
私は巨大な体を這わせながらそちらに向かう。
しかし、先ほどの精気、どこかで感じたことが……とても懐かしい気がしたが?
考えながらも狭い部屋の入り口を壁ごと倒して広くし、邪魔な柱を軽く撫でて瓦礫に変える。
低い天井に苦労しながら入った部屋には大きな垂れ幕があった。
それは『閃光の勇者の悲劇! 骸骨洞窟の罠!! 毒蛇の恐怖!! 近日公開予定!!!』……劇の宣伝だった。
豪華なことに水晶球で映像まで流している。
部屋の端には檻に入った骸骨蛇まで置いて……
「シャー! シャー!」【遅い! バカスアナ!】
可哀想にあんな狭い檻に閉じ込められて。
蛇の骨を見るとコメディのことを思い出してしまう。
ぐすん! あの勇者め! 骸骨洞窟でやられたコメディの、顎割れの、同胞達の恨み決して忘れんぞ!!
「ジャー! ジャー!!」【さっさと! 出せスアナ!!】
そうそう、コメディも意味は分からなかったが『スアナ、スアナ』と私のことを呼んで……あれ?
私は、そこで檻の中で鳴く骸骨蛇を凝視する。
「ジャジャー!!」【スアナー!!】
……我が相棒だった。
コメディ復活です。
……まぁ、死んでますけど。
……まぁ、元からですけど。
些細なことは気にせず感動の再会ということで。
……間抜けな再会とか言わないでください。
黎明の感染者……秘密