終わりと始まりの夜
一日は夜に始まり、夜に終わる。
【私だけ話し続けて、すまなかった。首を落とされてからの癖でな……オオナタ】
朽ちた巨人の生首――ゼミノールが頭蓋骨に謝罪する。
結局、私はゼミノールにアンスター王国の建国から今日までの歴史を聞かされてしまった。
その話は、所々ゼミノールの『若さゆえの過ち』に対する後悔があったが……ほとんどは、アンスターに『騙され』『奪われ』『殺された』の繰り返しだった。
ある時は、約定を破られた。
またある時は、金の掘れる土地を奪われた。
そしてまたある時は、命を奪われ……売られたらしい。
例えば、ある種の鳥人の羽根は金剛石のように輝き装飾品として持て囃され。
雨豹の手は、雨乞いの魔術材料に、山亀の甲羅は防具に、人魚は、肉も骨も髪さえも不死の秘薬として王侯貴族に求められた。
聞いてるだけで胸が痛くなる……今の私は胸どころか胸骨すらないが。
あの勇者に売られた私としては、彼らのことを他人とは思えない。
【……私も売られた】
【どう言うことだね……オオナタ】
私が自らも売り飛ばされたことを伝えるとゼミノールが驚く。
そんな巨人に私は続ける。
【勇者に負けて、競りに出された】
【な、んだと。それは本当かね……オオナタ】
【本当……そして投げられ砕かれて洗われて煮られてな、な、な……】
い、いけない! 思い出してはいけない! カンガエテハイケ、イケ、ケケケケケケケケケケケケケ!!
私は、うっかり思い出さなくてもいいこと――骨収集家の所業まで考えてしまい恐慌状態に陥ってしまった。
【よほど辛い経験を……オオナタ】
話すのを止めて震えだした髑髏に巨人の干し首が同情を寄せる。
【……人骨まで売るとは勇者は恐ろしい】【アワレ! アワレ!】【剥製なだけマシか俺達?】【欠片すら残ってない人魚に比べれば……】【彼も、同じ、経験を】【料理?】【眠いニャ~】【音頭とる巨人、話続けろ】【可哀想】【戦争ダ!】【しかし、彼の者が売られなければこの出会いはなかった】【下には! 下がぁぁぁぁぁぁ!】
他の『呪われた遺物』――アンスター王国に殺された魔族の亡骸及び亡骸で作られた品々も哀れみや悲しみを感じているようだ。
なんかそれ以外の感情もあるが……突っ込める状態ではない。
【あいつは殺した。あいつは殺した。あいつは殺した】
私は、もう安全だということを何度も自分に言い聞かせ必死に精神の安定を図る。
【辛いことを思い出させてすまない……オオナタ】
【だ、大丈夫……】
ゼミノールの気遣いに何とか答える。
【それで……君自身が大変な状況にいるのは分かるのだが……魔王軍である君に頼みたいことがあるのだ……オオナタ】
【頼み?】
【そうなのだ。願いと言ってもいい……オオナタ】
頼み? 願い? 私に何を?
【【【【【………………】】】】】
気づけば周囲で騒がしくしていた品々もいつの間にか静かになっている。
【私達の願い。それは……】
【それは……?】
一瞬の間を置いて愚かな巨人ゼミノールは厳かに告げる。
【”狩猟の平原”に至る事だ】
【”狩猟の平原”!?】
その言葉に私は自らも繰り返しつつ……
【どこそれ?】
よく分からなかったので尋ねた。
【【【【【なぜ知らん!!!!!!!!】】】】】
おぅ! 非難の御声がっ!?
【貴様! ”狩猟の平原”を知らないだとぉ!】【バカダ……バカガイル】【もしかして成人してないのか?】【勇者と戦うほどの戦士がか】【殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!】【モチツケ】【ヒッ! ヒッ! フ~~~】【坊やだからさ】【なぜ?】
非難は収まるどころか黒い精気の怒涛となって拡がった。
その力に私と彼らを隔てる硝子が揺れる。
【落ち着け! ……同志達よ】
そんな荒れ狂う海のような怒りをゼミノールは一喝し、
【【【【【………………】】】】】
あっさりと沈黙させてしまう。
最初に騙されてここの魔族全員が殺される原因を作ったのに……人望あるんだな~。
そんな失礼なことを私が考えていると。
【……”狩猟の平原”というのは、私達がその生を終えたとき、魂が至る場所のことだ。そこで祖先たちと共に永遠の狩猟……魂の修練を行なうのだ。
例えるのも不快だが……人間達が言う天国――神の座す星界と思えばいい……オオナタ】
【天国?】
そんな死に損ないに一番遠い場所にどう連れて行けと?
【もちろん、君に”狩猟の平原”に連れて行って欲しい訳ではない。手助けをして欲しいのだ……オオナタ】
【手助けというと?】
【儀式の手伝いだ。”狩猟の平原”に至るには、その生において狩ると誓った獲物を狩らなければならない。
しかし、ここにいる者の多くがその獲物を狩ることなく生を終え……未だ儀式を終えていないのだ……オオナタ】
【つまり狩りたい獲物を私に狩れと?】
私がゼミノールに確認する。しかし……
【いや。違う……オオナタ】
そうではないようだ。
【狩るのは私達でなくてはならない】
干物と見世物がどうやって狩るのだ?
【だから君に頼みたいのは、私達……人間曰く『呪われた遺物』を、優秀な戦士の手に渡して欲しいのだ……オオナタ】
なるほど。武器や防具として狩りに参加したいと。
あれ? でも……それなら何で……私に?
別に誰でもいいのでは?
【なんで私に?】
そう思った時には、もう意識を伝えてしまっていた。
【君が魔王軍だからだ。なにせ獲物が大物でね……オオナタ。それでも狩れるかどうか……】
【あの~その獲物とは?】
私は、暗い歓喜を滲ませる巨人達を眺めながら再度問う。
丁度その時、何処かからその声が、叫びが聞こえてきた。
「たったすけギャ!?」「ジフ様!」「うおおぉぉぉぉぉぉ!」「殺せ!」「死体兵!?」「コッケケケ」
誰かが襲われてる?
【あぁ獲物が何匹か狩られたようだ……オオナタ】
はぁ? 獲物って……人間か。
叫び声とゼミノールの言葉に私は獲物の正体を理解……
【あの声が私達の獲物だよ、アンスター王国の全ての人間……それが誓いの獲物だ。
魔王でもなければまず無理だろう……オオナタ?】
……できていなかった。
全ての人間――つまり国を滅ぼす――そう宣言した巨人の意識は、狂気も怒気もなく。
儀式の終わり……復讐の完遂という冷たい決意に満ちていた。
【ともあれ今の君では、私達を魔王の元に運ぶことはできないだろう。
だから一度アンスターから脱出して魔王軍に話を伝えて欲しい。
『私達は、死せるとき自らの精気と魂を亡骸に封じている。そこら辺の魔術道具などとは比べ物にならない力となる』とな。
頼めないだろうか……オオナタ。
必要なことなら……たいしたことはできないが……何でもする】
そんな真摯に言われたら断れない。
魔王軍って……ジフ様でいいんだよな……ジフ様に凄い道具をたくさん渡す……
私は瞬時に決断した。
同じように売られたり晒されたりした身! ジフ様へのお土産になりたいと言うその心に応えよう!
……ジフ様に褒めてもらえるだろうし。
まずはお土産を持っていくために……
【体! 体が欲しい!】
私は必要なもの――骨を欲しいと干し首に伝えた。
【……体が欲しい? どういうことだね……オオナタ】
どうも伝わらなかったようだ。
運ぶために体――骨が必要ということを説明することにした。
【バ……カ……ス……ア……ナ……】
呼び声が罵倒に変わってもまだ私は気づかない。
徹夜はどうなるでしょう。
大鉈と巨人の話はもうすぐ終わり。
本命がやっと登場します。
二日目の夜の感染者……博物館に逃げ込んだ三人……外は既に