後悔の夜
あの時、ああしていれば……
どうしてこんな事になったんだ……
【私の名は、愚かな巨人ゼミノール……骸骨、君の名は?】
私にそう問いかけるのは、巨大な亜人――巨人と呼ばれる魔族の……干乾びた躯だった。
膝を抱えるように折りたたまれた体は、そんな姿勢でも天井に届きそうだ。
頭が肩についていれば確実に届いただろう。
だが……その巨人の頭は、切り落とされ、今は自らの手に抱えられいる。
夜の帳が落ちた博物館で首無し巨人に話しかけられる……普通の者なら悲鳴を上げて逃げるところだ。
しっかぁぁぁしッ! 頭蓋骨が首無しと生首程度で驚く訳がない……あの勇者や魔婆によって鍛えられた緊急遭遇時精神耐性は並みではないのだ!
【大鉈!】
私は眉一つ動かさない余裕の表情でジフ様にいただいた自らの名を堂々と答える。
まぁ、眉どころか毛も皮膚も何もないのだが……なにせ骸骨なので。
【オオナタか……いい名前だ。何事も悩まずぶつ切りにしそうな名前だ……オオナタ】
ジフ様! 初めて名前を褒められました!
私は、コロコロ床を転がりながら名前を褒められたことをジフ様に報告する……頭蓋骨内の妄想だが。
どうやらこの干し生首は、いい巨人のようだ。
【それで……私は一つ尋ねたい事がある……オオナタ】
はい? なんですか!? いい干し生首さん? なんでも応えますよ!
名前を褒められた――つまりジフ様を褒められた私は、問いに応えるため全力で転がるのを止め静かにする。
【………………】
しかし、私が正座――生首の正面で頭蓋骨を向けるだけだが――して応える準備を整えても中々、ゼミノールは話し始めなかった。
質問をど忘れしたのだろうか?
【君は……オオナタ……】
一応、黒い精気に載せて意識は飛んでくるのだが……言葉になっていないというより尋ねるのを躊躇しているような気がする。
【優しき巨人!】【ナゲキノキョジン】【悲しみの主……】【私が尋ねようか?】【ノロワセロ! ノロワセロ!】【躊躇する必要はない。違えばまた待てばよい】【戦争ダ! 戦場に還るときダ!】【グーグー】【僕が話そうか?】【ヤットダ!? ナニガ!? オワリガ!?】【罪深き大なる者】【我らが調停者】
そうこうしているうちに周囲の見世物達――バラバラに叫んでいた『呪われた遺物』も私と巨人に注意を向けてきた。
【人間メェェェェェェ!!!!】【俺……この戦いが終わったら結婚するんだ】【ココハマカセロ】
……一部は、まだ好き勝手に叫んでいるが。
そんな周囲の呼びかけ――魂の声に決心したのか……
【……君は……今代の魔王、その軍に連なる者なのか……オオナタ】
……静かに昂ぶり含んだ意識が私に投げられた。
コロンッ!
私は一回だけ頭蓋骨を転がしてから応じる。
【はい。魔王軍】
ちなみに勿体をつけた訳ではない。
一瞬考えていたのだ。
『魔王軍……たしか所属してたよな?』と……あくまで念のため! 念のためだ!
【オオオォォォォォォ……オオナタ!】
そんな私の自分内自己弁護に気づくことなく――まぁ、当然だが――ゼミノールは心を震わせ。
【キタ! キッタァ!! キィィィィィィタァァァァァァ!!!】
羽毛の扇は、心を燃やし。
【待った……長かった……ジェイ、フレ、レザー、ソー、もう直ぐよ】
鱗の盾は、心で泣く。
【眠い……】
猫の手は、心から……ね、寝てるのか?
とにかく! 私の答えは部屋の半分を占める『呪われた遺物』達にある種の衝撃をもたらしたようだ。
歓喜という名の一撃を。
【ついに来た! 来て欲しくないと願ったこともあった! 早く来てくれと願ったこともあった! しかしきてしまった! 私達の嘆きと悲しみと怒り、絶望、希望、呪い、憎悪、喜び、罪、救い、忘却、執念、懺悔、誇り、愛、葛藤、そして……終わり】
乾いた生首――ゼミノールも派手に興奮している。
【あの~】
精気を飛ばしてみたが……
【始まりは私の過ちだった。銀の女に乞われ彷徨う人間達を助けたのが、長い髪が綺麗だったのがいけないんだ。食料を、水を、住処を、大地を、森を、山を、川を、海を、剣を、盾を、鎧をと乞われるままに渡したのが……体に鎖を巻かれ首を落とされた時に騙されたと気づいていれば】
一人でブツブツ呟いている。
聞いちゃいない……後、この干し首、結婚詐欺に引っかかった先輩と愛人詐欺に引っかかったおやっさんに似ている。
あの時は、二人とも同じこと言ってたな。
『あの顔と胸と腰と尻が!』『病気の父と母と祖父と祖母と兄と姉と弟と妹と夫と子供と孫がいると』『『借金の連帯保証人になってと言われた時に騙されたと気づいていれば!!』』
うん……全く同じだ。
【人狼は家族を何よりも大事にするとか、猫人は、象人の糞に弱いとか、人魚の肉は不老効果があるとか聞かれるままに教えはしなかったのに】
自称、愚かな巨人ゼミノールの長い、長い独り言は延々と続く。
【……ス……ア……ナ……】
私はまだ気づかない。
後になって悔やむ。
まさに後悔。
しかし悔やめるだけマシな場合も……とくに事故と病気はキツイです。
今晩の感染者……零、しかし外では……