夕闇の歴史
夕方の博物館で語られるアンスター王国繁栄の歴史。
『ワシトン王立博物館アンスター勇者展開催中』
ワシトン王立博物館……アンスター勇者展、開、催、中……
魔婆シスムに追われ謎の呼び声に誘われるまま飛び込んだ巨大な建物――ワシトン王立博物館。
夕闇が街に訪れる中、私は翻る幕を見つめながら思う。
……これが博物館か! 初めてきた!
博物館――いろいろな珍しいものが飾られている娯楽施設。
街から街へ旅をする見世物小屋ぐらいしか知らない私が興奮するのも仕方がない。
あの勇者の展が開かれているようだ……これは見なければなるまい!
船長ガデム様も情報が一番大事だと言っていたし!
珍しく頭蓋骨から響く前に船長ガデム様の教育を思い出した私は、『順路』と書かれた看板に従い跳躍を進めた。
当然、謎の呼び声のことなど忘却の異世界に飛ばして……
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『異端へと成り下がったダブロス王国から出奔した敬虔で勇敢な民は、大陸を東へ進み豊かな大地に辿り着く。
しかし、神に約束されたその地は恐ろしき魔族が跳梁跋扈していた。
敬虔で勇敢な民――我々の先祖は、恐れず団結し邪悪な怪物を神と崇める異教の魔族に挑み豊かな大地を取り戻していった。
これが我らアンスター王国、始まりの歴史である』
珍しいものはどこだ! どこにあの勇者のことが載ってるのだ!? アンスターの建国なんてどうでもいい!
ドキドキ、ワクワクしながら展示品を覆う硝子に飛びついた私を待っていたのは、汚れたアンスター国旗やボロボロの書物だった。
童心に返った私にとっては正直面白くもなんとも無い。
つまらないぞ! もっとこう……凄くて格好いい物は無いのか!
私は、精気を噴出して先に、先にと進んでいく。
ガラクタの次は、いくつもの絵が並べられていた。
一つ目は、髭面のおっさんと銀髪の女性が穴に落ちた獣人――人狼や虎人を槍で刺している絵だ。
冒険者だろうか? ふむ。下に説明が書いてある。なになに……
『デイビット将軍――数百年前、我々の大地で無益な争いを繰り返していた獣魔王と獣人族を討伐したアンスター初の勇者』
こいつが勇者ぁぁぁ?
私はもう一度、絵を見上げる。
その絵には、罠に落ちた魔族を笑顔で殺す中年しか描かれていない。
なんか違う……ん……小さい字でさらに説明が……
『注一 デイビット将軍は、昨年アンスター王国公認勇者に列せられました。
注二 獣魔王は、聖一教による教敵指定を受けておりません』
これはどういう意味だ?
理解しにくい文章に悩みつつ私は、隣の絵を見る。
その絵は、森を背に両手を広げる耳の長い魔族――古妖精を、火矢で狙う猟師と銀の髪の娘。
説明は、『冒険者アール――三百年前、森の恵みと永遠の若さを独占していた妖魔王を狩った勇者』
勇者といったら剣だろう……てっ、そうじゃなくて! 森があるから妖魔王は避けれないだろう! 卑怯だぞ人間!
こっちも小さい字で『昨年アンスター王国公認勇者に列せられました。教敵指定を受けておりません』と書かれている。
それ以降の絵も鳥人の巣を襲う勇者や人魚を料理する女勇者など微妙なものばかりだった。
この国の勇者は一体……あの勇者も私を売ったりといろいろ非道だが戦い方は正々堂々としていたぞ。
共通しているのは、同行者ぐらい……はて?
アンスターの歴代勇者達に呆れていた私は、あることに気がついた。
そして確認のため、全ての絵を見直していく。
銀髪の女、長い銀の髪、白い服の少女、銀髪の女神官……やはり全部同じだ。
展示されているほとんどの絵にあの勇者を庇って死んだ女神官――聖女と同じ姿の人物が描かれているのだ。
これは……謎だ。画家の趣味か? それともアンスターには銀髪女性が多くて白い服を着る習慣でもあるのか?
あの勇者の仲間に係わる謎――私は頭蓋骨をコロコロ回転させ……
まぁ、あの聖女はもう殺したしいいか!
問題ないという完璧な結論に達した。
聖一教の秘密や神の正体に繋がる鍵だとしても、それを調べるのは他の誰かがやっているだろう。
並んだ絵に興味を失った私は順路に従って次の部屋に向かう。
次の展示は、『勇者と魔王――秘宝と呪われた遺物』か……今度こそ面白いものがあるといいな。
入り口の看板を確認した私はピョコンと飛び込んだ
【人間めぇぇぇぇぇぇ……】【待ってくれラリス! どこだラリスッ!】【……ア……ナ……】【十二万千五百四十四、十二万千五百四十四】【デイビッドォォォォォォ! ムスメハドコダァァァァァァ!!】【黄金、聖銀、神鉄、魔石、命、魂……もう何も無い】【なぜだ国王! なぜだ! なぜ!】
そこにアンスター王国、いや、人類の業と魔族の怨念が渦巻いていると知らずに……
繁栄には、理由があります。
過去があるから現在があるように。
聖女の秘密は、今頃金色脇役が特級大神官に質問しています(物理的説得で)。
夕方の感染者……零、しかし博物館の外では……