惨劇の黄昏
誰そ彼……夕闇に「誰ですかあなたは」とたずねることが読み方のもとらしいです。
【ジ、ジフさガァアァァァァァァーーー……】
傾いた太陽が赤く染める街に、ジフ様を崇拝する友骨の断末魔が響き渡る。
……逃げ切れなかったか……
私は、逆さにした木箱に身を潜めながら同胞を襲った悲劇を思う。
焼かれたか、殴られたか、喰われたか……それとも全部か……
なんにしろ無事な姿で再び会うことはないだろう。
魔術を操り、地を砕く恐怖の怪物――魔婆シスムに容赦はないのだから。
今、どれだけの同胞が逝き残ってる?
仲間のことを考えながらも私は移動を再開する。
外から見たら何の変哲も無い蜜柑の木箱がズルズル這っているようにしか見えない。
精気を出して飛んだりはしない。
派手なことをすれば気づかれ、追われ……そして……
【魔婆接近! 迎撃すガァ!?】
終わる。
何処かから伝わってきた勇気ある同胞の最期に、分かれた時のことが頭蓋骨に浮かぶ。
魔婆の襲来――あの時、私達は撤退を選択した……他に手はなかった。
~~~~~~~~
「骸骨、落とし前はつけてもらうよ」
天罰を下す神のように日輪を背負いながら魔婆は宣言し、
「隕石召喚」
実行した。
老婆の一言が召喚する……本物の流れ星――星界より降り注ぐ神々の鉄鎚を。
万物を砕き、焼き払う赤き灼熱の岩弾は、私……ではなく老婆に噛みつこうと首を伸ばしていた竜骨の友に命中した。
「ガッガッ!?」【オレサイギョ!?】
音は無かった。
【ゴァァァァァァーーーーーーッ!!!】
ただ衝撃だけがあった。
頭蓋骨だけの私は言うに及ばず、他の骨々――メグも、ジョーも、ベスも、エイミーもその他、全ての骨が吹き飛ばされた。
被害はそれだけではない。
飛散る岩の破片はそれだけで凶器だ。
炎を纏ったそれのために鬼の骸骨が腕をもがれ、獣骨の同胞は消し炭になった。
「撤退する! 展開状態で後退!」
魔婆の魔術に驚いたのか人間の指揮官が撤退命令を下す。
「まだやれるわ!」「そうやでっ!」「あんな怪物ぐらい」「あれは邪悪です。ここで倒さなければ!」
まぁ、四人の歌姫は不満な様子だが……敵が減るのはいいことだ。
「我々の装備は、対死に損ない戦しか想定していない!
魔婆……それも隕石召喚を使う戦術級魔術師とは戦えん!
それに司令部から第十三教会に向かうように遠話が届いた!」
「はあ? どういうことよ」
「教会であいつらに殺された警吏達が蘇ったそうだ……死に損ないになってな。
昼の礼拝にきていた人々に犠牲者が出てる!
最優先でそちらに向かう!」
「こっちはどうすんの!」
「あれが始末してくれる!」
あれって……やっぱりあれのことだろうか?
「砕け散れぇぇぇ! 爆散呪文!!」
目を血走らせ!
「不味い! 腹の足しにもならないよ!!」
骨を噛み砕き!
「黴は消毒だよぉぉぉぉぉぉ! 地獄の業火!!」
世紀末な黒炎をばら撒く!
地獄の鬼婆が!
その一動作ごとに骨が舞い、骨が折れ、骨が焼かれている。
【撤退!】【ジフ様!】【カタマルナ!】【私は必ずもドギャ!?】【ジフ様、御助けぇぇぇ!?】
私達は、各個に決断し逃げた……魔婆の蹂躙から。
そう蹂躙だった。
勇敢に戦いを挑んだ骨は地に還り、逃げた骨も背後から燃やされる。
人界に地獄が生まれていたのだ。
「逃がさないよ! 寝不足と夕飯の恨みあんた達の骨と髄で払ってもらうからね!」
若干、八つ当たりも含まれた怒気が私達を追い立てる。
【諦めない!】【ジフ様、出世ぇぇぇェェェッ!!】【ニワちゃん!】【コメディ、もう直ぐ会ェゲッ!?】
戦場には……いや、狩場には絶望と恐怖が満ちていた。
~~~~~~~~~
こうして私達は撤退した。
【同胞のカタキ! いざ、尋常ニョゴホブヒィィィィィィィィィ!?!?】
それでも現状は良くて壊走、悪くて全滅っぽい。
仲間の精気は一つ、また一つと消えていき伝わってくるのは、悲鳴と断末魔ばかり。
……人間達の悲鳴もそこら中から聞こえているからまだ誰か残っているのだろうが。
私は箱の隙間から外を窺う。
太陽は傾きつつもその赤い赤い姿で街を照らしている。
早く! 早く沈んでくれ太陽よ!
私は、夜の闇があの怪物の目から私達を隠すことを願って祈った。
しかし……
「どこだぁぁぁ! 骸骨ぅぅぅうぅぅううぅううう!?」
訪れたのは、救いの闇ではなく滅びの闇だった。
ペタン……ペタン……ペタン……
丸一日食事を取っていない餓えた獣が近づいてくる。
直ぐそこだ。
ペタン、ペタン、ペタン……
私は蜜柑だ。箱に入った蜜柑。果汁たっぷりのただの蜜柑。
私は移動するのを止めて箱の中で蜜柑になりきる。
ペタン…………ペタン…………ペタン…………
足音が角を曲がり遠くなる。完全すぎる偽装に騙されたようだな。
ペタン……ペタン……ペタン……
あれ? 通り過ぎた足音が戻ってくる!? なぜだ!
「蜜柑……一つぐらい貰っても構わないよね」
構う!
完璧な偽装が裏目に出たようだ。
蜜柑を求めて奴が戻ってくる。
どうする!? どうする私!?
そんな頭蓋骨の絶体絶命の危機に……
【…………ナ……ス…………】
誰かの精気を感じた。
~~~~~~~~~
「よいせっ」
掛け声と共に蜜柑の木箱を老婆がひっくり返す。
「なんだい! 空じゃないさ!?」
老婆は、空の木箱に文句を言いながら今度こそ去っていく。
その様子を私は、すぐ傍の建物の中から窺っていた。
どうやら助かったな……しかしここはどこで、さっきの精気は一体、誰の……
私は精気に導かれるように飛び込んだその場所を今更ながら確認する。
『ワシトン王立博物館アンスター勇者展開催中』
その場所――ワシトン王立博物館の玄関には、そう書かれた巨大な幕が垂れ下がっていた。
知らない人の呼び声には御用心下さい。
助かったと思ったら……
黄昏の感染者……教会の神官、礼拝者数十名。その後、順調に拡大中。