白昼に落ちる影
太陽が真上にあるとき影は無くなります。
ラァ~ラーーー! ララレラララレララララレーーー!!
人間の軍隊――鎮魂の歌姫の呪歌攻撃によって私は、今まさに昇天しようとしていた。
あぁぁぁ……天国が見える……
『大鉈、おまえは最高だぞ!』――笑うジフ様。
『大鉈、良くやった!!』――喜ぶジフ様。
『お、大鉈ぁっ!!!』――叫ぶジフ様。
約十割程度妄想のジフ様が浮かんでは消えていく。
夢のような光景に私の魂は、死の青から聖なる白へと輝きを変え空へと吸い上げられ……
「コッケーーー!」【ジフさまーーー!】
……ることはなかった。
朝を告げる声とともに太陽を背に覚醒を促す影が落ちてきたのだ。
この声は……ニワちゃん!?
昨晩、魔婆シスムの魔手から逃亡した心の友――鶏の魂喰兵らしい――の突然の出現に私の魂があの世からこの世へ……頭蓋骨に戻る。
【おぉぉぉ! ニワちゃん!! 無事にアベシッ!?】
しかし、天を見上げた私へのニワちゃんの返事は……鳥足だった。
わ、私を踏み台にぃ!?
「コッケケケェーーー!」【逃げぇぇぇるぅーー!】
私が驚いていると死せる鶏はあっという間にどこかに行ってしまった。
舞い落ちる赤く染まった羽毛のみを残して……
【ニ、ニ、ニワちゃん! 帰ってきてぇぇぇ!!】
「そんなっ!」「そういえば……鶏の声って目覚まし効果あるな~」「鶏風情が!」「修行不足でした」
ふむ?
その場のノリで三行半――離縁状を叩きつけられたおやっさんのように叫んでみると予想外の方向から声が上がった。
その声の主は、一方的な虐殺……いや、浄化を行なおうとしていた張本人――魔族の歌姫達である。
猫耳娘や蛇少女が悔しがり、鳥乙女と人狼のお嬢さんが冷静に分析しているようだ。
目覚まし効果……周りを見ると私と同じようにニワちゃんの声でこっちの世界に戻ってきたのか同胞達――ジフ様を崇拝する骨がヨロヨロと起き上がっている。
そして私は同胞達の無事を喜びつつもある疑問に捕らわれる。
……なぜ魔族が人間と一緒に歌って踊っているのだ?
思い返せば骨屋敷の庭で殺した人間たちも犬の獣人と行動を共にしていた。
野蛮な国では魔族を飼う風習があるとか先輩が言っていたが……けど……
「落ち着け! 何のために今日まで血の滲むような訓練に耐えてきたんだ!
おまえ達の後ろには俺達がついている!
自信を持て! おまえ達の歌声がアンスターを! 世界を救うんだ!」
「分かってるわよ!」「はい!」「言われなくても……」「もう一度」
私が見つめる先では、人間の指揮官の叱咤激励に魔族の少女達が応えている。
その姿は『飼う』とは異なる関係――信頼の絆――が感じられた。
『人間は殺せ!』船長ガデム様……では、魔族は?
私達は魔王軍……魔族の、王の、軍。
魔族と協力する人間は、敵味方どちらなのだ?
魔族と暮らす人間の裏切り者は味方?
人間の裏切り者は敵……私はスチナ王国の……違う、私はジフ様の僕、部下だ。
あれ? オカシクナイカ……
無いはずの血が頭蓋骨に昇る。
疑いと問いが状況を理解できない混乱から、より深い混沌へと移っていく。
『止めろ! 今更正気になるな! 考えるな! 遅いんだ! もう戻れないんだっ!!!』
誰かの声が私の思考を妨げる。
とても懐かしい声だ。
誰の声だ……ニワちゃん、アーネスト様、デニム様、ユウ様、マリエル様、船長ガデム様、マダム・ケルゲレン、コメディ、顎割れ、ジフ様……違う……もっと昔の……
【待つでぇぇぇす! 鶏さん!】
あっ……レミ嬢の声?
幸いなことに鎮魂の歌姫によって穿たれた絶望の兆しは……真昼に相応しい太陽のような声に掻き消された。
……それは誰にとって幸いで、誰にとっての絶望だったのか……
とにかく聞き覚えのある声へ振り仰いだ私の視界に、不健康そうな青い足と秘密の青い空間が……
【レミ嬢、はしたないヒデヴゥ!?】
しかし、再度天を見上げた私へのレミ嬢の返事は……靴だった。
わ、私を踏み台にぃ!?
【大人しく夕御飯になるんです~!】
レミ嬢、今は昼だ。
突っ込んでいる内に幽霊少女もどこかに消えていってしまう。
なんか既視感を覚えるな……さっきはこの後、何を考えたっけ?
「構え!」
私が悩んでいると人間の指揮官が号令を発した。
『逃げろ!』船長ガデム様、了解です。
この時、私は頭蓋骨に響く声より先に精気噴射で逃げ出していた。
……もしかした悩むことを恐れていたのかもしれない。
【逃げるが勝ち】【勝てば正義】【正義はジフ様】【ジフサマカツ】【癒し……】
私に倣ったのか同胞たちも固まることなく後退できた。
壊走ではなく秩序を持つ戦術的な撤退だった。
あの怪物の声が降ってくるまでは……
「逃げ出していたとは……結構度胸があったんだね」
老いても力強いその声を聞くまでは……
私は慌てて空中で停止し周りを警戒する。
「どこを見てるんだい? 上だよ、上」
なにかを押し殺しながらその言葉は紡がれていた。
声に従い頭蓋骨を上に向けた私は見る。
「それにしても……派手にやってくれたね」
太陽を背に老婆が浮いてる。
そしてその顔……影になって見えないはずのその表情が私には分かった。
「骸骨、落とし前はつけてもらうよ」
怒り。
心の影は別です。
白昼の感染者……引き続き零