百屍昼行
魂喰らいとして目覚めた大鉈。
喜劇の幕はまだ上がったばかりです。
「あら? 流れ星……?」
自国の勇者による死霊王討伐を祝うアンスター王国……人々が賑わう祭りの最中、空から舞い落ちるそれを見つけ一人の女性は呟いた――そしてそれが彼女の最後の言葉となった。
【はい、私は魂を喰らう者です。いただきま~す!】
ゾブンッ!
流れ星への願いごとを思いつくこともなく……女はその細い腰をそれ――青く光る頭蓋骨に貫かれ意識と命を奪われた。
ト……サッ
中身を失った体は、喧騒の中、静かに崩れ落ちる。
しかし、私は自らが殺した者の末路など気にせず……ただ味わう。
少し甘いが……旨い……
たった今、私に流れ込んできた女の魂を、じっくりと味わう。
その味わいは、先ほどの老魔術師に比べ甘く柔らか――良く熟れた果実の最初の一口に似ていた。
しかし……
足りなぁ~い!
量が足りない。まるで渇いた喉に一滴の水を落とされたような気分だ。
「大丈夫か!」「どうした?」「空から何か落ちてきて彼女が!」「これは……酷い」
幸い、周囲には人間が溢れ集まっている。
「赤い頭蓋骨?」「誰だ! こんなもん投げた奴は!」
そして、私は涎のように溢れる精気を躊躇なく弾けさせた。
先ほどの逆――地から天に跳ね上がり貫く。
ドン!!
迫りくる死に目を見開く男を頭蓋骨が砕く。
辛いが……これも好い。
血とともに染み込む男の魂は、香辛料の効いた肉以上の満足感を私に与えた。
「髑髏が跳ねたぞ!」「あ、頭が弾け……」「誰か警吏を!」「に、逃げるぅーんーーだぁーーよーー!」
しかし、注目された状態で食べてしまったせいか、一人の男が逃げたのに続いて瞬く間に人が離れてしまう。
……最初に人々の間を軽やかに逃げていった男、どこかで見た気がする……誰だっけ?
懐かしい”骸骨洞窟”の森で夜の闇を駆け抜けた誰かに似ているような……
「こんな骸骨潰してやらぁ!」
え?
過去の思い出に意識を向けていた私は、勇ましい大声で我に返る。
そしてその時には、既に鈍く光る何かが私を叩いていた。
ゴゥウン!
強烈な衝撃に大地と何か――金槌の間で弾かれる。
不意討ちとは、ひ、卑怯な!
くらくらする頭で必死に体勢を立て直そうとするが……
「もう一丁!」
ゴガァン!!
星が……星が……見える……
頭蓋骨の中がちかちかして敵を確認できない。
連続で殴られ精気を集中できない。
このままではやられる!
『馬鹿が! 圧倒的な敵に飛び込むな! 殺すなら指揮官を狙え!』こんなときに限って、船長ガデム様の声は、微妙に役に立たない。
あれ? もしかして食欲に目が眩んだ私が悪いのか?
「これで! 終わりだぁぁぁ!?」
私の疑問に答えが出ることなく無常にも攻撃は……
「ガウッ! ガガッガ!」【ワタシ! オマエマルカジリ!】
「ガァァァァァァ!?」
……こなかった。
代わりに届いたのは、骨を鳴らす音と、
【頭蓋骨馬鹿】【間抜け】【脳無し】【バ~カ! バ~カ!】【タスケル、ナカマ】
頼もしい同胞達の呼びかけだった。
……半分以上が罵倒だったのは気にしない。
「化け物だぁぁぁ!」「骨男爵がまたやりやがった!」「魔術師と神官を呼べっ!?」
怯える人間達の叫び。
【殺す!】【殺せ!】【殺します!】【コロセバ?】【マルカジリィ!】
逸る骸骨達の叫び。
徐々に戻る視界の中、映し出される光景は……
「グゴギ!?」
首をもがれる少年。
「や、やめゴゥ!」
怯えたまま刺される淑女。
「畜生がぁぁぁ、ァァァァァァ!?」
挑み返り討ちにあう隻腕の男。
「か、神よ……ギュェェェェェ!!!!」
祈り虚しく絞め殺される老婆。
「お、オネイちゃん」「大丈夫、大丈夫だから、ワタシが守るから」
庇いあう猫耳の獣人姉妹は……愛でられる。
【癒し】【素晴らしい!】【モフモフ】【魔族?】【ナンデマゾクイル?】
もちろん同胞たちも一緒だ。
そのように日が中天に差し掛かるまで私達が、時に殺し、時に愛で、魂を貪っていると。
ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!
逃げ惑い、立ち向う――そんなばらばらな動きと異なる規則的な響きが聞こえてきた。
【敵?】【群集?】【コロス!】【確認……百以上……中隊規模】【魔術師複数】
同胞の報告を受けつつ私も素早く宙に浮かび確認する。
人がまばらになり死体が転がる道の先……馬に騎乗した男を先頭に統一された重装備の人間達が一糸乱れぬ動きで向かってくる。
翻る旗は、星に刃――アンスター王国の軍旗……戦を生業とする者達の登場である。
兵士の魂か……どんな味だろう……
反省もなく私の喉が鳴った。
目覚めてもやっぱり粗骨でした。
反省や後悔は彼の辞書にありません……そもそも辞書を知らないですし。