遅い朝食
朝食は一日の元気の源です。
もっとも骸骨兵や死体兵には関係ありませんが。
「ワシの家から消えろぉぉぉッ! 雷光呪文!」
寝巻き姿の御爺さんが叫びとともに稲妻を纏った杖を振り下ろした……私に向かって。
なぜこうなった?
仲間――ジフ様を崇拝する骸骨達と一緒に白い光に包まれながら……私は、頭蓋骨を回転させ考える。
やはり……あれが拙かったか?
真っ白になる視界の中、先ほどの出来事が頭蓋骨の裏で蘇る。
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骨屋敷の庭で人間十五体を殺した後、私達は壁を越えて隣の屋敷に移動しようとした。
道は通らなかった。
何十、何百という人間にあっという間に取り囲まれてしまうからだ。
死霊魔術師様がいれば相打ちでも問題ないのだが……あぁ、ジフ様は何処……
そんなわけで私は、ジフ様を想いながら全くなんとはなしに精気噴射で壁を越えようとした。
ゴボァァァン!
いつか聞いた……空飛ぶ車輪が街を破壊したとき聞いたような音が響き。
色々吹っ飛んだ。
そう……色々だ。
先ずは壁だ。屋敷と屋敷を隔てる壁……木や土くれ、石なんかを固めたものだ。
私は、それに突撃し吹き飛ばした。
次は……次も壁だ。隣の屋敷の壁、外と内の境界線。先ほどの壁に比べれば薄いが強度は上だろう。
私は、それも突撃し吹き飛ばした。
お次も壁だ。屋敷の内部、部屋と部屋を遮る個人の安らぎを守るもの。厚さも強度も薄いし低い。
私は、当然突撃し吹き飛ばした。
そのお次は……という感じで十数枚の壁を貫き頭蓋骨は止まった。
言うまでもなく私が吹き飛ばしたのは、壁だけではない。その間のものも吹き飛ばした。
机だったり、椅子だったり、棚だったり……そして人間だったり……
何せ噴出した精気の範囲がすごい。
穴の大きさは人が十人並べるほどだ。
吹き飛ばした壁は……いや、屋敷達は穴が開いたというより半壊したと表現すべき状態になっている。
まぁ、ここまでは特に問題ない。
問題は……
『き、貴様ぁぁぁ! 強盗かぁぁぁ!』
私が転がり込んだ部屋にいた御爺さんだ。
いきなり怒り出すと私が『強盗ではない! 欲しいのはあなたの命だ』と答える前に別の部屋にいってしまったのだ。
逃げられてしまった。残念……
【ジフ様!】【スゴイ!】【頭蓋骨!】【人間コロス!】【ジフサマ!】
そして落ち込む私の元に、仲間の骸骨達が追いついてきた丁度その時。
『強盗は死刑だぁぁぁ! 正当防衛せいりぃぃぃつぅぅぅぅぅぅ!!』
杖を片手に御爺さんが戻ってきた。
持ち主の身長と同じぐらいの長さの杖は、黒光りしており先端の水晶玉は徐々に光を増していく。
なんと! 強盗で死刑なのか。アンスターは恐ろしい国だ。
スチナでは、永久労働ぐらいなのに……貴族だと無罪だっけ?
せっかく御爺さんが戻ってきたのに、うっかり私がスチナとアンスターの司法制度の差に想いをはせていると……
『ワシの家から消えろぉぉぉッ! 雷光呪文!』
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冷静に考えると良く分かる……返事より先にさっさと殺しておくべきだった。
……それとも部屋に入る前に五回以上コツコツ叩いておいたほうがよかったか?
どちらにしろこれから殺せば問題ないか。
私は、反省を中止して骨の表面で爆ぜる小さな雷越しに赤い人影――杖を構えた老人を見据える。
「自分の身は、自分で守る! アンスター魂を見たか! 強盗どもぉぉぉッ!」
いや、強盗じゃないし。
そう思いながら私は軽く、精気を爆発させた。
「ワシは永久作戦で人魚をヘデェァァァ!??」
自慢げになんか話していた老魔術師は、胸のど真ん中に突っ込んだ私――精気を纏った頭蓋骨と壁の間に挟まれて血反吐を吐きながらその生命を終えることになった。
【コロス!】【殺す】【ソノイノチイタダク】【緑の豆が怒ってる!】【ジフサマ、ホメテ!】
うむ!
同胞達の歓声を受け私は満足しつつ老人の胸からベトリと剥がれ落ちる。
おや?
そしてその時あることに気づいた。
老人の赤から青に変わった精気の大部分がまるで水のように……頭蓋骨へ流れ込んできているのだ。
なんだこれ? とても……
不思議に思うと同時に私は言い知れぬ満足感を得ていた。死に損ないになってから久しく感じていなかった感覚を。
とても美味しい?
それは食欲が満たされるあの感覚……満腹感だった。
直接、心に、魂に焼いたばかりの肉と高い酒を突っ込まれたような……あるいはそれ以上の高ぶりが頭蓋骨を満たしていた。
【おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!!】
突然の快楽にどうしていいか分からずただ呻いていると。
『勇者様に祝福あれ! アンスターに繁栄あれ! 人類の守護者に乾杯!』
どこからか杯をぶつける音と人々の喜び歌う声が骸骨兵を誘ってきた。
……御祭り……私も混ぜてもらおう……
存在しない喉に涎を飲み込みながら、溢れる精気に従い魂喰兵は宙に舞った。
大鉈は、すでに魂喰兵……魂を喰らう兵です。
魔術師の魂はさぞ喰いごたえがあったでしょう。
今朝の朝食、もとい感染者……魔術師(従軍経験有)一名、巻き添え一般人数名