恐怖の夜
誘拐された大鉈。
犯人の目的は何か?
その結末はいかに!?
何処とも知れぬ闇の中……
【許さん……】
その闇より尚暗い……
【必ず……】
蒼い焔が……
【必ずや……】
憎悪を糧に……
【殺す……】
幾つもの髑髏を照らしている。
【殺すうぅぅっ!!】
それら無数の骸骨に囲まれて頭蓋骨は、感情のままに精気を溢れ出させていた。
思い出すのもおぞましいあの男――魔婆の住処から私をかどわかした人間への殺意が抑えられない……抑えたくないのだ。
【大鉈はどこだぁぁぁ!】
壊された愛用の武器を求める。
斬り裂くために……
【腕はドコダァァァァァァ!!】
貫かれた毒手を探す。
侵し溶かすために……
【アゴボネハドケダァァァァァァァァァ!!】
燃やされた体を欲す。
這い回り噛み殺すために……
【デゴダアァァァァァァァァッァーー!!!!】
しかし……
【ドコォォォゥダァァァァァァァァァ!!!!!!】
その全ては、あの勇者によって奪われていた。
頭蓋骨しかない私の怒りは、空気すら揺らすことなく拡がり散りて消えゆくのみ……
【オッノォォォレェェェェェェェェェッ!!!!!!】
それでも私は無駄な精気をばら撒き続ける。
……いや、無意味なことは分かっているのだ。
頭蓋骨の冷静な部分は、自分の現状をちゃんと理解している。
【ジュオオオオオオォォォォォォンンンンンンンンン!!!】
故に狂ったように力を解放させる。
一瞬でも先ほどの体験を思い出さないために……
この骨に満たされた部屋で行なわれた惨劇を掻き消す為に……
【早く狂えぇぇぇぇぇぇっ!! この私っ!!】
そんな必死の努力も虚しく再び悪夢がよみがえってくる。
『明日が楽しみだね』――あの男の声が! 顔が! 舌の感触が!
……残念なことに、どうやら私は自分の事では狂えないようだ。
無いはずの瞼に、何度目かになる絶望の光景が浮かび上がってきた……
~~~~~~~~~
「さあぁ! 聖女殺し! ここが私の屋敷だ! 素晴らしいぃぃぃんだろ!」
夜なのに昼のように明るい街の中、ややくすんだ白色の屋敷が眼窩に映る。
【……】
しかし、私は反応を返さない。
男――私を誘拐した人間の声は頭蓋骨に届いていた。
シスムの屋敷から延々と撫で回され続けた私は心が疲れ果てており意識を向ける気力がなかったのだ。
……今の私からすれば『撫で回されたぐらいがどうなのだ』とこの時の自分に言ってやりたい。
バタンッ!
「ヒッヒッヒッ……」
屋敷の中に入り乱暴に扉を閉めると男が怪しく笑いだした。
……そう、本番はこれからだったのだ。
走りながらも延々と頭蓋骨を撫で回していた男は、実は我慢していた。
……何を我慢していたか?
「ヒュヘヒャァァァァァァァァァ!!」
【えっ?】
意味を成さない異様な叫びを上げながら男は全裸になった。
その体には、服についていたのと同じ銀製の骸骨があちこちに揺れていた。
……認めたくはないが。
「ゼョヘイントギラァァァァァァァァァ!!」
【ギョォヘェェェーー!!】
そのまま頭蓋骨を抱きしめ顔を押付け……これ以上は思い出したくないし覚えていない。
……つまり私に色々することを、だ。
「ホォォォォォォアァァァァァァーーーーーー! ほおぉぉぉーー……」
一頻り頭蓋骨を味わった男は、徐々に落ち着きを取り戻した。
【ヘ、ヘッヘヘッヘッ…………】
……私? 勿論……死んでいた。逝きてはいるが死んでいた。長い長いその行為は、私を死に損ない状態にしたのだ。
「ここが君の席だよ」
屋敷の奥――本棚に隠された通路を抜けた先にある部屋。
一段高くなったところにある白い台の上に頭蓋骨は丁寧に置かれた。
「君があのオークションに出品されると聞いて直ぐに準備したんだ。いい眺めだろう」
微笑みながら男は一歩下がり腕を組んだ。
……確かにいい眺めだった。整然と置かれた無数の品が一望できた。
並べられたもの――数多の骨が。
大きなものは竜、小さなものなら鳥、角のある頭蓋骨は鬼だろう。
そして……
「今日も綺麗だね。メグ」
私と同じ人骨……男は花嫁衣裳を着た骸骨に話しかけ、口づけし、頬を寄せ……頭蓋骨にしたのと同じようにし続ける。
次は情熱的なドレスの骸骨を抱きしめ……
「可愛いよ。ジョー」
裾の短いワンピースの骸骨に微笑み……
「拗ねないで。ベス」
フリルいっぱいの骸骨を抱き上げる……
「待たせたね。エイミー」
そんな風に部屋中を長い時間かけて一週し、私のところに戻ってくる。
「待たせたね。私の聖女殺し」
興奮しているのか上気した顔を寄せてくる。
……思い出すだけで、今でも骨が震える。
「今日はこれで終わりなんだ……また明日いっぱい楽しもう。
そうだ! 明日は二人でデートをしようよ!」
【ヘッヘッヘッへ……】
……過去の私には断る気力はなかった。心が完全に折れていたのだ。
「丁度、王立博物館に勇者と戦った骨が展示されているんだよ。
勿論、この私、究極の骨蒐集家ホーネットのコレクションほどではない。
君だけではなく他のみんなも生きているときから丁寧に育てた一級品ばかりで……」
自称、究極の骨蒐集家ホーネットはそんな風に自慢話をした後……
「明日が楽しみだね」
私とのデートに心躍らせながら明かりを消して部屋から出て行った。
~~~~~~~~~
【……】
うっかり正気に戻ってしまった……
【ジフ様、助けて……勇者、止めを刺しにこい……魔婆、私はここだ……】
怒り狂うのを止め、救いの手を妄想することにする。
『明日が楽しみだね』
だが救いの声の代わりに男の声が響く……現実の声ではない。あくまで幻聴である。
明日になったら、またあんなことやそんなことをされる……
【腕ぇぇぇ! 大鉈ぁぁぁ! 体ぁぁぁ! どこだぁぁぁ! よこせぇぇぇ!】
恐怖がぶり返すと感情が爆発する。
……男が部屋を出てから何度これを繰り返しただろう。後、何度繰り返せば狂えるのだろうか?
もっとも、そんな怒りと恐怖、妄想と現実の狭間でも絶えず聞こえる声がある。
『殺せ! 殺せ! 殺せ!』
それを聞きながら私は願う。
あぁ……早く狂いたい……
私が冷静に混乱しているその時……部屋にある変化が起こっていた。
最初に男が愛でていた四体の骸骨が徐々に青い光を強めていたのだ。
そして歯、頬、首……順々に増す輝きは……
【ジ、フ、さ、ま】
……部屋中の骨々にも拡がっていた……主を讃える言葉とともに。
目的、愛でること。
結末、魂喰兵感染者……骨蒐集家の骨々コレクション。
目的と結末……どちらが怖かったでしょうか?