最悪の災厄
肉体を失い、物扱い、主は居場所さえ分からない。
さらに茹でられ、砕かれ、黴られて、これ以上の災厄とは……
我が友――ニワちゃんの脱走。
その事態に……骸骨は喜び、幽霊は怯え、老婆は凍りつく。
「シスムさん、鶏が逃げたぐらいでそんな落ち込まなくても」
一人だけ空気を読めない半妖精――ハーフェルが何を勘違いしたのか老婆――シスムに諭すように話しかけた。
ふっ。我が友ニワちゃんの逃亡は、非常に重要なことなのに……それを理解できないとは。
逆に事の重大さを理解している――夕食抜きになった――魔婆は、やっと硬直が解けたようだ。
「レミィィィィィィ! あんたっ何したぁぁぁ!!!?」
赤い光――精気を爆発させながら叫んでる。
ジ、ジフ様には、ほんの少しだけ及ばないが……ま、まあまあの力だな。
【チ、違うんです! 一撃で丸焼きにしようとしたら鶏さんが避けたんです!!】
幽霊少女は、残像が見えるぐらい首を振る。
……レミ嬢、なぜ料理で『一撃』という単語が出てくる。
『アンスターの料理は、野性的だ』とおやっさんが言っていたが……それか?
「あ、れ、ほ、ど! 料理に魔術を使うなと言っただろう!!
えぇぇい! ……レミッ! 全力であの鶏を捕まえな! 無理なら周囲ごとまとめて焼き払ってもいい!! 元怨霊なんだそれぐらいできるだろ!!!」
野性的を遥かに飛び越して野蛮。この魔婆、滅茶苦茶言ってる。
【デきますけど……周囲って……この街って王都ですよ?】
幽霊少女のほうが常識的だ。それにここ王都なのか。
「だからどうしたぁぁぁ!! さっさと行きなっ!」
【ひゃうい~!】
幽霊少女は、鬼に睨まれたように怯えて天井に消えていった。
そこでやっと半妖精が突っ込みを入れてきた。
「どういうことですかシスムさん! 焼き払うなんて! 何のつもりです!?」
ハーフェルだったか。レミ嬢が燃やしに行く前に突っ込まないと……
「あたし達も行くよ! 一刻も早く鶏を始末しないと!」
「だから! なんでそんなに必死で鶏を追いかけるんですか!?」
「魂喰兵の失敗作なんだよ!」
少しでも時間が惜しいという風に老婆が叫ぶと半妖精の動きが止まった。
「……イマ、ナント?」
声がおかしい……顔は真面目なだけに余計変だ。
「だ、か、ら! に、わ、と、り、は、ワ、イ、ト、の、しっ、ぱ、い、さ、く、な、ん、だ、よ!!」
ハーフェルの顔色が変わっていく……元から色白だったのがさらに白くなっていく。
やっと状況を理解したようだ。
「ア、ア、ア」
「文句は後で聞くよ! ハーフェル! あんた、半妖精なんだから夜目が効くだろ。手伝いな!」
「ア……ア、なという人は……ことを」
混乱しているのか、言葉がおかしい。
「あぁぁぁーーー! ……鶏は一匹ですね」
「違うよハーフェル。鳥の数え方は羽だ」
……鬼婆は情け容赦なく冷静だ。
ハーフェルは、顔を引きつらせながら椅子を蹴り倒す。
「数え方なんてどうでもいいんです! 行きますよ! この国がなくなったら半妖精が住める場所がなくなってしまいます」
扉に向かう半妖精の隣に並びながら老婆が応じる。
「ザペンなら妖精どころか吸血鬼も受け入れるそうだよ」
「妖精を餓鬼や吸血鬼と一緒にしないでください……獣人と一緒にされるだけでも……」
そんな会話をしながら二人は、出て行った。
どうやらお客さんは帰ったらしい。
ニワちゃん、捕まるんじゃないぞ!
動けない私は、机の上で友の安全を願うしかできなかった。
~~~~~~~~~
生者と死者も消えた魔婆の屋敷の地下……
一骨、地下に取り残された私……
自由はなくとも束縛もない……
久々に訪れた平穏……
【寂しい時には~墓の中で~人魂の~歌を聴いてた~】
暇なので歌っていた。
【二十歳になったら~飲みたい~タリアワイン~】
あぁ、実に残念だ。声が出せたら、私の美声を聞かせることができるのに……せめて体が欲しいな。
そのように夜を過ごしていた私だが……
コッコッコッコッコッコッ……
机を通して震動を感じた。
ふむ? 誰かが階段を下りてきている。
コッコッコッ!
何者かは、部屋の前で立ち止まったようだ。
恐らく魔婆か半妖精が戻ってきたのだろう。
もしかしたらレミ嬢かもしれない。
一応、足があったし。
誰にしろ歌を聞かせる相手がきたことは嬉しい……さあ! 私の歌を聞けぇぇぇぇぇぇ!!
ギィィィィィィーーーーーー……
しかし……
「ここかなぁぁぁぁぁぁ? 私の骸骨ちゃあぁぁぁぁぁぁん!?」
扉の向こう、部屋に入ってきたのは見知らぬ男だった。
小奇麗な身なりをした若い人間……あの勇者に倒されてから初めて見る人間である。
『殺せ! 殺せ! 殺せ!』はい、船長ガデム様!
私は頭蓋骨と魂に刻まれた教育に従い……
【シャヤァァァァァァーーーーーー!!】
だが顎無しの頭蓋骨ではいかんともしがたく……ただ精気が溢れるのみ。
動けない……どうすればいいのだ?
『骨の一欠けらになっても戦え』はい。そうしたいのですが。
『気合だ! 根性だ!』無論、それもあります。
頭蓋骨に響く船長ガデム様の声も役に立たない。
か、体さえあれば!
「見ィィィィィィつけたァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ひゃ!?
私が頭蓋骨内で四苦八苦している間に近寄った男は、絶叫しながら私に手を伸ばし。
「私の聖女殺しァァァァァァぁぁぁぁぁぁ!!」
ギュウ!
抱きしめて……
チュッ!
唇を頭蓋骨に……
チュッチュッ!!
連続で……
ジュッッッーーーーーー!!!
長々と……
ポンッ!
吸いつけ……
ベロンベロン!!
舐め、ナメ、ナメェ……
「あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!! すまないっ! あの時、君を買えなくて!!」
その男は、骨触りのいい布越しに両手で私を撫で回し叫び続ける。
な、せ、せ、せ、せっ、ぺ、ぺ、ぺ、んんんんんんん!?!?!?
そして……男の先制口撃――デニム様とは違う意味で――の強烈さに早くも致命傷を負っていた私は魂がどっかに飛んでいた。
現実を認めたくなくて逃避したとも言える。
男の舌が蛞蝓の感触に似ていたのだ。
「君みたいに貴重な骸骨をこぉぉぉぉぉぉんなところに放置するなんてあのボロ女めぇ!!!」
ひとしきり私にあんなことやこんなことをした男は、そう吐き捨てると扉へ向かう。
その手に抱かれた私とともに。
男が階段を上がるたびに胸元で髑髏の銀細工が揺れる。
「さあぁっ! 行こう! 私の屋敷に! 君の友達も沢山いるよ!」
階段を上がりきると壁は吹き飛び、台所があった場所は大穴という大惨状なのだが。
ナメ、ナメ、ナメ……
意識が消失しかかっていた私は、屋敷の変貌に気づくこともできない。
「ボロ女がいれば御返しをするつもりだったが……君が手に入ればいいや!」
銀の月が浮かぶ夜空に男は叫ぶ。
「今日は、我が人生最高の日だ!」
ナメナメ、舐め、ナメ、なめ……我が骨生最悪の日だ! ……というかおまえは誰だっ!?
〆は、精神的拷問……ではなくて誘拐です。
これにて第七章を終わります(いじるネタが尽きたとも言います)。
次の第八章は……これから考えます。
誘拐犯の個人ギャラリーで百年間ぐらい死蔵されるのか?
はたまたさらなる転落骨生か?
御楽しみいただければ幸いです。