妖精の要請
駄洒落?
いえ、違います。
「ハーフェル……この骸骨を貸して欲しいなんて、一体どういうつもりだい?」
『この聖女殺しを貸していただきたいのです』尖り耳の怪しい男――ハーフェルの言葉に驚いていた老婆――シスムは、皺に埋もれそうな目をさらに細めて尋ね返していた。
やや身構えたその姿は、老婆の警戒心の表れだろう。
それに気づいているのかハーフェルは笑いながら応える。
「そんなに警戒しないでください。シスムさん。
この骸骨が貴重な魔術の材料であることは分かってます。貸して欲しいと言っても魔術の触媒に使いたいとかではなく……もう一つの価値に用があるんです」
ハーフェルの言葉にシスムが眉をひそめる。
「もう一つの価値?」
「はい、もう一つの価値です。
詳しく話す前に座らせていただきたいのですが。
なにせあなたが骸骨を手に入れたと小耳に挟んでから、急いできたもので」
「あたしが骸骨を手に入れてから一日しかたってないよ。
小耳どころか、半妖精らしく耳がいいようだね……それとも王宮か学院の耳かい?」
老婆は、警戒を解いたのか椅子を勧めながら軽い調子で言う。
尖り耳の男――半妖精は、少しだけ笑った後、勧められた椅子へ座った。
しかし、半妖精か……はじめて見たな。
半妖精――確か人間と古妖精の間に生まれる魔族の一種で……私が知っているのはそれぐらいである。
なにせスチナでは古妖精や餓鬼などの魔族は、すぐに殺されていたから詳しく知る必要がなかったのだ。
そういえば『魔族発見、即殺害』という標語が兵舎に飾ってあったな。
そんな風に私が昔のことを懐かしんでいると老婆と半妖精が話し始めた。
まぁ、私のことのようだし聞いておくか。
「この骸骨をお借りしたい理由ですが……シスムさんは、ワシトン王立博物館をご存知ですか?」
「知ってるよ。ダブロスの大十字博物館を真似て作った盗品倉庫だろ」
「我が国の勝利と栄光の歴史を展示、保管している場所ですよ! それに真似たのではなくっ……」
コホン!
ハーフェルは、途中で言葉を切ると一度咳をしてから静かに口を開く。
「とにかくご存じのようですね……その王立博物館で今、勇者様の凱旋に合わせて、アンスター勇者展を開いているんです。
そこでは、伝説の勇者の遺物や魔王の遺骸など貴重な品々が展示されています」
「スチナ王国が魔王軍に滅ぼされるまで、勇者なんて御伽噺だって言っていたのに、よくそんなもんがあるね……どうせ全部『と言われている』『とされている』って付いてるんだろう?」
「とにかく勇者展が開かれているのですが、肝心の今代勇者様の展示品にいま一つ派手な目玉がないと館長……まぁ、王族の方が言われまして……」
「それで魔術学院の導師であるあんたに話が回ってきたと……そんなのは勇者本人を連れてくればいいだろ」
「それが勇者様達は、『聖女のところに行く』と手紙を残して王宮からいなくなったんです」
「聖女に? 確かこの前、亡くなったって発表されてたはずだがね」
「はい。ですから聖女の埋葬された聖都に行ったのではないかと……荷物もなくなっているらしいので、そのまま最前線……魔王討伐に向かうつもりなのでしょう」
「なるほどね。だからこの骸骨、聖女殺しを展示の目玉に欲しいと……てっきり魂喰兵の件かと思ったよ」
え? 呼んだ?
話が長すぎて途中からよく分からなくなっていた私は、聖女殺しという言葉に反応する。
よし今度こそちゃんと聞こう。
「もちろんそちらの進展も確認するつもりです。王宮に昇る際に報告しないといけませんから」
「一応、魂喰兵を増やすことには成功したよ」
「依頼してから、まだ数日しか経っていないのに早いですね」
「ただ、問題もでてきてね……」
その後、溜め息をついたシスムは、『魂の定着が……』『馬鹿の一つ覚えみたいに……』と長々と愚痴り始めた。
その長い話を私はちゃんと頭蓋骨の中に入れていた……反対側から流してもいたが。
そして愚痴を最後まで聞き終えたハーフェルは頷いて理解を示していた。
「つまり魂喰兵の行動について調整する必要があるということですか?」
「そうだね。今のままじゃただ延々と叫び続けるだけだからね」
ジフ様を賛美することに何か問題でも?
「……シスムさん。その調整に関してですが依頼内容の変更があるんです」
「依頼内容の変更って……もしかして魂喰兵がいらなくなったのかい?」
「いえ、もちろん死霊軍団残党殲滅のため魂喰兵が必要なのは変わりません。むしろ……依頼の追加ですね」
ハーフェルは、そこで一度言葉を切ると両手の指を組む。
「禁則事項の『人間に危害を加えない』を削除していただきたいのです」
「正気かい!?」
シスムが叫ぶが……さらに続くハーフェルの言葉に絶句することになる。
「そして、我々が指定した敵だけを殺すようにしていただきたい」
「なっ……!」
しかし老婆は、その身をよじるようにして辛うじて言葉を搾り出す。
「……ハーフェン……あんた……いや、王宮は何を考えているんだい!?」
対する半妖精は、躊躇なく応じた。
「アンスター王国の繁栄です」
こいつら私に何をさせたいんだ?
要請の内容は、禁則事項の削除……ほら洒落にならないでしょう。