メニュー
前菜は、骸骨の煮物に黴を添えて……
癒されたい……
夕方じゃないけど、屋敷の中だけど私は黄昏る。
売られ、煮られ、罵られ……いやっ、罵られたのではない!
レミ嬢にちょっと避けられただけだ!!
…………へふぅ……癒しが、癒しが欲しい……ジフ様、コメディ、皆はどこだ?
「さて、これで下処理は終わった……これからが死霊魔術師としての腕の見せ所だよ」
【御主人様、この黴骸骨さんは、もう魂喰兵になったんじゃないんですか?】
極楽浄土を夢見る私の傍らで、死霊魔術師様の鬼婆と件の幽霊少女が話し合っている。
黴……黴骸骨……魂喰兵とやらになったのなら、もう魂喰兵でいいからそう呼んで欲しい……
「魂喰兵にはなったさ。
だけどねレミ……このままこの骸骨を死に損ない達に使っても凶悪な魂喰兵が増えるだけなんだよ。
だから……」
鬼婆――シスムは、喋りながら一本の巻物を取り出す。
「これで人に危害を加えず死に損ないだけを襲うようにするのさ」
【巻物? 強制系の魔術具ですか?】
いま、不穏な強制が幽霊少女の口から流れたような……
「あたしゃ死霊魔術師だよ。
強制なんて使わないさ……だいたいあの手の魔術は、解呪されるかもしれないしね。
何年か前にも強制で王宮を支配しようとした王子があっさり討伐されただろう?」
あぁー、なんか聞いたことがある。
おやっさんと先輩がアンスター王国で内乱があったとか話していた。
なんでも裏切りと騙まし討ちに溢れた派手な争いだったそうで、大陸北西のザペン王国では劇化までされていた。
主役は、妹至上主義の天才王子でもちろん美形。
強制の魔術で可愛い女の子から渋い中年まで自由に操って好き勝手するらしい。
……私とはえらい違いだ……共通点を見つけ出すことすらできない……
【レミは、知らないで~す! それより魔術具じゃないならなんなんですか~?】
「ふっふっふっ、見て御覧」
シスムが巻物を伸ばす。しかし私がいる机の上からは内容を見れない。
【これは……一週間で魂喰兵を勇者にできる特別訓練メニュー?
その一、仲間を増やそう!
その二、仲間で遊ぼう!!
その三、禁則事項を覚えよう!!!
その四……なんですこれ?】
レミ嬢が読み上げてくれる。
しかし、特別な訓練のメニューか……
なるほど!
……よく分からないことが分かった。
「だから『特別訓練メニュー』だよ。
何しろ時間が無い……今こうしている間にもスチナで争ってる死霊魔術師達が和解してアンスターに攻めてくるかもしれないんだ」
およ?
老婆が突然、頭蓋骨を持ち上げた。
「死霊魔術の奥義を全て使って一週間!
一週間でこの骸骨を世界を救う英雄にするのさっ!!」
私を天に捧げながらそう宣言した。
見知らぬ天井だった。
~~~~~~~~~
「じゃあ、とっとと始めるとするかい。『その一、仲間を増やそう』だよ!」
【御主人様、急いでいるのになんでわざわざ地下室に?】
それは私も聞きたかった。
この老婆は、一人で盛り上がるだけ盛り上がった後、私を掴んだまま地下室に移動したのだ。
「地下に来た理由? 逃げられたら不味いからだよ」
そう言いながら私を掴んでいるのとは逆の腕を懐に入れて……
「コケ! コケ!! コエ!!!」
白くて赤い鶏冠のついた鳥――鶏を取り出した。
掴まれた首が苦しいのか、激しく羽根をバタつかせている。
うむ! 久々のフワフワでモフモフである!
死体獣踊子隊と比べれば愛嬌はないが……この際、贅沢は言うまい!!
さあ! ニワちゃん、私の黄昏気分を癒してくれぇぇぇ!!
「死の呪文」
「ク? ケェ」
あ……
青い光が瞬き……
目は、生気を失い……
羽根は、動くことを忘れ……
嘴は鳴き声を上げることなく……
……ニワちゃんは、その鳥生を終えていた。
【な、な、なに、なにを……なにをして……るんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!】
【ゴ、御主人様! 動物殺害はいろいろ不味いです!
ドーマン大陸動物愛護協会にばれたら消されますよ!!】
私の叫びにレミ嬢も一緒に抗議してくれる。
「消すって……そんな動物愛護団体がどこにあるんだよ」
【知らないんですか!?
ご近所の幽霊達の間では有名な話ですよ!
人類、魔族問わず『可愛い動物は正義』を唱え急速に勢力を拡大している謎の秘密結社です】
「レミ……そういうのを流言飛語って言うんだよ。覚えときな。それに死んでないと役に立たないんだよ」
そう言うとニワちゃんの亡骸を頭蓋骨に押付ける。
この鬼婆ぁぁぁ!! 一体なんのつも、り、だ……
……
フワフワだぁぁぁぁぁぁ~~~! 気持ちいいなぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!
必死の抵抗も虚しく私の意識は羽毛に堕ちた。
~~~~~~~~~
「随分経つけど変化なし……この骸骨と同じような死に損ないになるはずなんだけどね?」
【豚の煮汁が不味かったんでしょうか?】
……はっ!
あまりの心地よさに一瞬だけ……そう一瞬だけ魂がどっかに飛んでしまった。
ニワちゃん!
未だ私に押付けられたままのニワちゃんを意識することで再び私の怒りが燃え上がる。
【この鬼ばぁ……】
しかし、私がありったけの精気をシスムに叩きつけることは無かった。
異なる精気が部屋を満たしたのだ。
「コッケケケーーー!」【ジフ様ーーー!】
青い精気を纏いニワちゃんが黄泉返る。
メインディッシュは、魂喰鶏大鉈風味です。