レシピ
錬金術の秘法や魔術の奥儀……その英知が記された書物です。
なぜか民家の箪笥や本棚にあります。
【や、やめろぉぉぉォォォォォォーーー!! ろぉうばぁぁぁーーー!!】
しかし、私の叫びは虚しく……
「魔婆の次は老婆かい?
あたしゃシスムって名前があるんだ、そう呼びな……後、やめないよ」
……響かなかったし、返事もあったが……意味は無かった。
魔婆――シスムは、洗い続ける。
私をあの勇者のようにすると言った後、老婆は屋敷――はっきりと見えなかったが立派そうだ――の外に出てからずっと同じことを続けている。
そう! ゴシゴシ、ジャブジャブと頭蓋骨を洗い続けているのだっ!!
「レミ! 溶解液をおくれ!」
【は~い。どうぞ!】
元気に応えながらシスムに赤い瓶を渡すのは、幽霊少女のレミ嬢である。
……できれば、見るからに危険そうな瓶を渡すことを、少しでいいから躊躇して欲しい。
「この汚れはしつこいね……ぜんぜん取れないよ」
真っ赤な液体を私にかけながらシスムが呟いた。
【汚れじゃない! 血塗れ! 血塗れ!】
そう訴える間にも船長ガデム様に『箔がつく』と教えられた血の痕が洗われる。
【顎骨すら無くした私からこれ以上奪うのかぁぁぁぁぁぁ!!】
「五月蝿いよっ! 先ずは綺麗に汚れを落とさないと薬が染み込まないんだからね」
明るい赤が全てを塗りつぶす。
……酷い……
~~~~~~~~~
「まったく! 骨まで血が染み込んでるなんて……業が深そうだと感じてはいたけれど。
あんた、一体何人の人間を殺したんだい?」
机の上、器に置かれた私にシスムが話しかけてくる。
しかし、あの勇者達に焼かれた痕も含めて全ての闘いの証を失った私は、精気を返す気力も無い。
あんなに止めてっていったのに……鬼だ……この婆さんは鬼だ
「まあいいさ……要は骨が剥きだしになればいいんだからね。
次は、魔術の触媒を……なんだったけね」
老婆はしばし宙を睨んだ後、私の視界から消えた。
どうしたのだろう?
そう思ったのも束の間……直ぐに戻ってきた。
手には紙を束ねた書物――本を持っている。
「レシピを書いといてよかったよ……最初は不死黴か……あったかね」
そう言うと本を私の傍らに置いて再び視界から消えていく。
不死黴ってなんだ? すごく不安になる名前だが……
【御主人様いますか?】
【!!】
私が怯えているとレミ嬢がいきなり死角から現れた。
…………喋れなくてよかった。
危うく悲鳴を上げるところだった。
【いないようですね……昼食はこれでいいのか確認したいのに~】
そういいながらレミ嬢は、何かを私の傍らに置いて天井に消えていく。
レミ嬢の足が完全に消えたとき、扉の開く音がした。
「部屋の壁にあんなに拡がってるなんてね……流石、不死黴」
そんな独り言をいいながら老婆が近づいてくる。
「さて、これをかけて……」
頭上から何かが降りかけられる。
こぼれたのが視界に入ってくるが……黒い粉?
「……次は塩か……台所だね」
私の傍らに置かれた何か――本を手に取りシスムが消えて……直ぐに戻ってくる。
今度は白い粉――塩をかけられた。
「この後は……『大蒜、昇天茸と一緒に鍋で煮込む』と……さっき台所にあったね」
また老婆が消えていく。
抱えられた本の表紙には、『花嫁修業オススメ料理百選』と書かれていた。
【忘れ物です~】
再度、レミ嬢が現れる。
机の上から何かを取ってまたどっかに行ってしまう。
一瞬、視界に入った何か……それは大きな髑髏が描かれた本だった。
~~~~~~~~~
その日、シスムの食卓には茸のスープとピチピチ跳ねる豚肉が並んだ。
……スープはおいしかったらしい。ちなみに豚肉は焼却処分されたそうだ。
私は鍋の底に転がりながら思う。
不死黴って一体なんだったんだろう?
もちろん料理のレシピも一緒に並んでます。