七千万の危機
人の注意は派手なものに向きがちです。
急激な変化を重要なものと認識しているからでしょう。
だから本当の危機は認識されません。
七千万の死に損ないが好き勝手。
一度に暴れられたら大変な気もするが、やはり魔王のほうがより大事に思えた。
所詮、雑魚は大物には勝てないのだぁぁぁ!!
……死に損ないは雑魚か……雑魚か……
【御主人様、パパは他に何か言ってなかったですか?】
私が現実の厳しさに落ち込んでいると幽霊少女のレミ嬢が世界の危機を語った老婆様に尋ねている。
そのフワフワと宙に浮く姿に、私も聞きたいことができた。
レミ嬢……幽霊なのにパパとは? 後、いつの間に蓑虫状態から脱出したのだ?
「他に何か、かい?
そうだね……いろいろな死霊魔術師から『私達はどうすればいい』『仲間になって欲しい』とか相談を受けて困ってるって言ってたね。
誰彼構わず世話焼いて、就職から結婚まで助けたりするからああなるんだよ……全く不器用な弟だよ」
【同じように助けてもらったレミが言うことではないのですが……パパは人の苦労を背負い込みすぎです】
「そのとおり……結婚目前にして亡くなったからって街一つ滅ぼした怨霊を、養女にする馬鹿なんて御伽噺にさえ出てこないよ」
【むしろ説教だけでレミを幽霊にしたほうが偉業だと思います。
……てっ、そうじゃなくて!
パパの近況も興味はありますけど、レミが知りたいのは、地味に世界の危機な七千万のほうです。
好き勝手って、具体的に何やってるんですか?】
「具体的にかい……詳しくは聞いてないけど、まずは……」
【まずは……?】
まずは……?
私も興味があるので静かに答えを待つ。
「まずは死霊王の遺産を手に入れようと”絶望の岬”に行く奴らが多いらしい。
死霊魔術師同士が人間の冒険者も巻き込んで激しい戦闘になってるそうだよ」
激しい戦闘……
私の頭蓋骨の中に、空飛ぶ車輪やお城が雷と火事そしてジフ様をいっぱい降らしている光景が、映し出される。
行きたい! ジフ様が数え切れないほどいる戦場!! 素晴らしい!!!
【………………】
なぜかレミ嬢は黙ったままだ。顔を若干歪めたか?
「もう少し冷静なのは、次の死霊軍団を組織しようとしているらしい。
今は、死体兵究極派と骸骨兵至高派が主導権を握ろうと競り合ってるって言ってたよ。
ちなみにあいつ自身は、幽霊中立派っての作って末席に加わってる」
死体兵究極派に骸骨兵至高派ってなんなのだ! ジフ様最高派はないのか!?
【……ほっておいても自滅しそうなのは、レミの気のせいでしょうか?】
喋るその顔には、幽霊らしく苦悩が浮かんでいた……いや、笑っているから苦笑か。
それに肩をすくめながら老婆が返事をする。
「自滅じゃなくて、そうなるようにあいつが助言したそうだがね。
流石に口先だけで全滅は、してくれないだろう……そしてたった一割でも人類を滅ぼすには十分な数さ。
その残り物をあたしが始末しようってわけだよ」
【死に損ないの残り物ですか?】
「そう大掃除だよ」
なんか死に損ないがゴミのような扱いを受けている。
ここは偉大なるジフ様の部下として、死に損ないの待遇改善を要求すべきだろうか?
「この骸骨を使ってね」
魔婆様が、鋭い爪で頭蓋骨の表面をツゥーーーと撫でた。
今は、大人しくしておこう……何事も時期がある。
後日、私の骨の安全が確保されたら手紙にて丁寧に御質問させていただきます。
【その骸骨さんをどう使うんですか? やっぱり凄く強い骸骨兵にして戦わすとか……】
凄く強い骸骨兵っ!
レミ嬢の言葉に無数の棺を沢山の手で持っている自分を妄想する。
いいなぁ!
「凄く強い骸骨兵作ってどうすんだい。
一体の骸骨兵じゃ一度に倒せるのは百体程度さ。
増えるほうが速いよ」
なんだ違うのか……待てっ! 骸骨兵じゃなきゃ私は何をさせられるんだ!?
【じゃあ、巨大骨人形ですか? 勇者様の戦勝記念に御披露目されたあのおっきい魔術人形みたいな……】
ふむ? 巨大骨人形……意味はよく分からないが強そうだ!?
「あんたが言ってるのは、あの白地に青や赤とかの原色を塗ってる巨大鉄人形のことかい?
あんな張子人形、隕石召喚の一撃で壊されるさ」
実は弱いのか巨大人形……夢がないな魔術……
【あーでもない、こーでもない……他に骸骨の使い道なんてありましたか?】
小首を傾げる幽霊少女に老女は笑いながら私に歩み寄る。
……光の向きのせいか、見上げるその姿は真っ黒な巨人に見えた。
そして、私を持ち上げ怪物は言う。
「決まってるだろ……呪いだよ」
……世界を救う呪い……
逆に滅ぼしそうに感じたのは私だけなのだろうか?
致命的になるまで認識されない危機が本当の危機だからです。
本当の世界の危機はなんでしょうね?