世界を救う?
魔王を倒すことによって戦争はなくなり、飢餓も病気もない世界が……
『世界を救うためさ』
私は老婆の口から吐かれた言葉が理解できなかった。
いや! 言葉の意味は理解できる。
『せかいをすくう』……ドーマン大陸を持ち上げるという意味でなければ、この老女は、あの勇者のように魔王を倒すと言っているのだ。
【ゴ、ご、御主人様っ!? しょ、正気ですか?】
幽霊少女のレミ嬢も魂消ている……全身が明滅して本当に消えそうだ。
よほど驚いているのだろう。
私も同じ質問をしようか迷ったがやめておいた……冗談を言っている様子がないからだ。
私達二人の反応を楽しそうに眺めながらもその眼には意欲と自信がこぼれんばかりに満ちているのだ。
「そうさっ! むしろあたししか世界が救えないのさっ」
ふむ? 私が間違っていた。意欲と自信は、すでに弾けて溢れているようだ。
…………もしかしたら無謀と慢心かもしれないが。
【あぁぁぁあぁぁぁーー……っ!?】
なんかレミ嬢が声を上げて泣き始めた。
涙の代わりに青い光が煌いては消えていく……芸が細かいな。
「どうしたんだいレミ!?」
自信爆発状態から一転、老婆が叫ぶレミ嬢に駆け寄り……
【御主人様の老いが終に頭に……】
蹴った!?
だが風を斬る勢いで放たれたその一撃は、悲しげに暴言を話す青い少女を捕らえることはない。
まぁ……当たってはいるのだが……擦り抜けている。
やっぱり幽霊って、殴ったり蹴ったりできないんだなぁーー。
「だ、れ、の、あ、た、ま、が、ボ、ケ、たっ、て!」
それでも、よほど頭にきているのか、老婆は無駄な攻撃を何発も放ち続ける。
あの連撃……私だったら間違いなく殺されてるな。
こんなときでも冷静に戦力分析するとはジフ様の……船長ガデム様の教育のおかげである。
あれ? 私はいつどんな教育を受けたっけ?
思い出せない、おもいだせない、オモイダセナイ、オ、モ、イ、ダ、セ、ナ、イ……
【だっ、だって御主人様! 『世界を救う』なんて……御自分の年を考えてください】
お!?
思い出してはいけないことを思い出しかけていた私は、幽霊少女の言葉に正気を取り戻す。
必死に訴える少女の姿に主を心配する忠義の心を感じたのだ。
たとえ憎まれようが主を諌めるその……
【今更、その年で勇者様のハーレムに加わるなんて無理ですよ!
そもそも誰も喜びません!
むしろ『空気読め!』とか言われて、石を投げられます】
……言っていることは正しいのだが、少し忠義とは違うような気が……?
「誰があの勇者に付いてくっていったんだい!」
それともこれも忠義の形なのか?
【仰ったじゃないですか『世界を救う』って……お忘れになったんですか?
やっぱり頭のほうが……】
「……分かった! よく分かったよぉ!! ……今すぐ昇天したいみたいだね。レミィィィ!!!」
【違います! 違います!! 昇天したくないです!!!】
「逃げるなっぁぁぁ!!?!?」
ジフ様、忠義とはなんなのでしょうか?
私が悩んでいるのを他所に二人が楽しそうに追いかけっこを始めた。
主従の戯れか……羨ましいなぁ。
「まぁてぇぇぇ!?」
【まちませぇぇぇん!?】
夜の屋敷に叫びと悲鳴が木魂する。
~~~~~~~~~
白い光が部屋に射しこむ。
朝である。
夜の終わり……
「とうとう追い詰めたよぉぉぉ!? 年貢の納め時だぁぁぁぁぁぁ!!!! 大人しくあの世に逝くんだねぇぇぇ!?!?」
そして、レミ嬢の終わりでもあった。
幽霊少女は青く光る縄で拘束され、まるで蓑虫である。
それでも這って逃げようとしているのは感心するべきか……
【御主人様! 御主人様! 冷静に! 冷静に!
いつも言っている正しい死霊魔術師の在り方はどうしたんですかっ!
『彷徨う魂の声を聞き、彼らの心を救うのが私の仕事なんだよ』って言ってるじゃないですか!!】
「ぬっ!?」
追い詰められたレミ嬢が口で反撃し……少しだけ老婆を怯ませる。
【だ、大体っ! いきなり『世界を救う』なんて言われたら頭を……】
「あんっ!?」
【ソ、そうじゃなくてぇぇぇ!? そうだ! その骸骨さんでどうやって世界を救うんですか?】
レミ嬢が保身のために話を私に逸らした。
ちっ! 余計なことを……上手くいけば忘れられたままだったかもしれないのに。
【その骸骨さんは、魔王を倒せるほど凄い骨なんですか?】
ふむ? 私か……聞いて驚け、見て驚け! 私こそが彼の偉大なるジフ様の部下!
「その髑髏かい? そんなに大した髑髏じゃないよ。せいぜい昔のあんたぐらいさ」
【……街を滅ぼす骸骨って、十分大したものだと思うのはレミだけでしょうか?】
【そうだ! そうだ! ジフ様の部下だぞ! 大したものなんだぞ!】
レミ嬢のツッコミに相乗りして抗議する。
「ワインを欲しがったときも言ってたけど……ジフって誰だい?」
【どっかで聞いた名前な気がしますけどぉ……やっぱり知りません】
ジフ様の名を知らないとは……ならば!
【ジフ様は凄い! 死霊軍団の第七席!】
どうだ! 驚け!
「その死霊軍団は死霊王が倒されて崩壊したよ。知らないのかい?」
……そういえば死霊軍団崩壊があったような?
【それが?】
とりあえず死霊軍団崩壊がどうしたのか聞いてみる。
「それが問題なんだよ。世界の危機さ」
【あの~御主人様? 死に損ないの軍団が潰れたのは良いことなんじゃ?】
確かに……少なくとも世界の危機とは逆な気がする。
「はぁぁぁーーー」
なんか溜め息をつかれた。
「なんも分かっちゃいないね。
親玉が倒されただけで下っ端の骸骨兵や死体兵は丸々残ってるんだよ。
それを率いる外道の死霊魔術師と一緒にね」
【でも……それぐらいなら。普通の兵士さんが倒せばいいんじゃ……】
「それぐらいね。
レミ、あんたスチナ王国にどれぐらいの人が住んでたか知ってるかい?」
【えっと……アンスターの半分ぐらいですか?】
「いいや、アンスターとほとんど同じさ……ざっと八千万ぐらいだよ」
【それがいったい……っ!】
レミ嬢が突然両手で口を覆う。
あまりの人数に驚いたのだろう。私の故郷の村が百人もいなかったから……何倍だ?
私の計算が終わる前に老婆が話を再開する。
「そしてスチナ王国滅亡のとき、アンスターや聖都に難民として逃げてきたのは一千万にも満たなかった……分かるかい?
勇者の馬鹿が、後先考えずに死霊王を倒したせいで七千万体近くの死に損ないが野放しになったのさ。
あんたの親父からも遠話があったよ」
【パパはなんて?】
「元死霊軍団の死霊魔術師の一部が死に損ないの大軍を率いて好き勝手に動き始めたってさ。
ほらね? 世界の危機だろ?」
二人は深刻な顔で話しているが……
【……なにが?】
……私には少々難しかった。
……訪れるとは限りません(といいますか十中八九訪れない)。
原因を取り除いてもすでにでた結果は消えません。
場合によっては今回のように悪化する可能性もあります。